(名も知らない感情)


悪天候だった日から数日。
今日はバイトがないので研磨に誘われ、バレー部が使っている体育館に来ていた。
研磨から借りた音駒の下ジャージは身長差でどうしても裾が余ってしまうので、くるくるとドーナッツ状に巻いていく。
そういえばここに来てからてっちゃんの姿を見ていない。

『夜久さん』
「お?何だ?」
『てっちゃんどこにいるか知ってますか?』
「く、黒尾か…。えっとだな…」
『?』 
「クロなら体育館裏にいるけど」
『体育館裏?ありがとう、研磨』
「あっ、ちょっと待て…!」

なまえは夜久の言葉をきちんと聞かずに背中を向けていってしまった

夜久の声は虚しくも体育館に響いた。
ガバッという効果音がつきそうな勢いで夜久は振り返って自分の後ろにいる研磨を見た。

「みょうじは寄越すなって言ってたろ!黒尾が!」
「もういい加減、なまえも自分の気持ちに気付くべきだと思っただけ」
「どーすんだよ。あいつらがぎすぎすでもしちまったら…!」
「その時は夜久さんはなまえについてあげて。俺はたぶんクロで手一杯になるから」
「お、おう…」
「本当に昔から手が掛かる…」

研磨は溜め息をつきながらなまえが出ていった体育館の扉を見つめた。
これでうまくいけばいいけど、と少し不安を抱えつつも研磨はボールに手を伸ばした。

その頃、なまえは言うと黒尾の後ろ姿を見つけて駆け寄ろうとしたが、その足が止まった。
黒尾の背中に隠れて見えていなかった女子生徒の姿を見つけて思わず固まってしまった。
口に出して本人に言ったことはなかったが、なまえ自身は黒尾がモテることは知っていた。
しかし、こうして黒尾が告白されている場面を見るのは初めてでなまえは固まった足を必死に動かして来た道を戻っていった。

「なまえ?」
『!!…て、てっちゃん…』
「こんなとこで何してんだ?」
『てっちゃんを探してた…』
「俺?どうした?」
『いや…。戻ってきたならもういいや』
「そうか?今日はここにいんのか?」
『…そのつもり』
「…おまえさ」
『なに…』
「何で余所余所しいのよ」
『別に、そんなことない…』
「ふ〜ん?…のわりにはこっち向いて話さねぇな」
『…気のせいじゃない?』
「あっそう。そういうこと言うのねお前。ほっとかれたら文句言うくせに?」
『はぁ?そんなことないけど。ちょっとモテるからって調子に乗ってるんじゃないの』
「いい加減にしろよ。俺がいつそんなこと言ったよ」
『顔に書いてあるけど?…今日何もないから手伝おうと思ったけど止めた。帰る』
「好きにしろよ。特別な日以外頼んだ覚えはねぇから」
『………』

てっちゃんが部室に入っていったのを横目で見たあと、体育館の隅で夜久さんと一緒にいた研磨にジャージを返した。
半信半疑で自分のジャージを受け取った研磨は、何があったのか察したみたいだった。

「…帰るの?」
『てっちゃんが特別な日以外は頼んだ覚えはないだって。帰る』
「あいつっ…!そんなこと言ったのか!」
「ふ〜ん…。今日はそっちに行けないと思う」
『わかった。"あの人"に愚痴でも聞いてもらう』
「あんまり困らせないようにね。あっちはあっちで手のかかる先輩がいるんだから」
『分かってる。じゃあね』
「うん。気をつけて」

体育館を出た後、途中てっちゃんの姿を見て目も合ったが何もなかったように私はそれを無視して学校から出た。
このモヤモヤというようなイライラするものをいち早く取り除きたかった。
同じ東京にいる今も必死でボールを繋げているであろう"彼"の練習が終わる時間になるまで私は何も考えないようにするためずっと家の掃除をしたりして時間を潰した。

((何でこんなのイライラするの…))


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