(やはり鈍感な彼女)


せっせとゆっくり息を吐く暇もないほどに部室の中を動き回る。
いろいろの場所から次の合宿に必要なものをかき集めていく。
そのせいで現在の部室の状態を一言で表すなら、おもちゃ箱をひっくり返したようなものだった。

「うわっ。なんだよこれ…」
『あ、宮地くん』

ちなみに今日は日曜日で珍しく午後からの練習だった。
だから、午前のうちに来て準備をしようと思っていたのだが…。
まさか宮地くんが早く来てしまうとは予想外だ。

「合宿の準備か…?」
『まさにその通りです』
「んなの1年にやらせておけばいいだろ」
『そんなわけにはいきませんよーだ。合宿に行くのは1軍だけだし。必然的に高尾くんと緑間くんにやらすことになるでしょー?』
「むしろ、その2人にやらせろよ」
『入部してこれからっていう時期にそんなことさせられないし。それに合宿について行くマネージャーは私だけだし…』
「ったく…。だからって何でも1人でやろうとすんなよ。轢くぞ」
『私しかいないんだから仕方ないじゃん』
「……はぁ。残り」
『ん?』
「…何がいるんだよ」
『えっと、救急箱の中身の確認して予備がなかったら追加して…』
「それ俺がやる」
『えっ!?だめっ!!私の仕事だから!!!』
「これか…?」
『あぁぁーーー!!』

部室の机の上に置いていたノート。
それは私が先輩たちから引き継いだもの。
洗濯物のやり方やドリンクの作り方、合宿のときに必要なものなど代々マネージャーをやってきた先輩たちが引継ぎ、書き足してできた代物。
はっきり言うと私たちマネージャーからすれば宝物のようなもの。
それを手にして中身を読んでいる宮地くん。
急いで彼のところへ移動して、そのノートに手を伸ばした。
と、同時に足元にあったカゴに躓いて体が傾く。

『わぁっ!!』

ダメだ、転ぶ。
そう思って襲ってくるだろう衝撃に耐えるために目を瞑った。
けど、いつまで経っても想像していた痛みがこない。
恐る恐る目を開けると、ほぼ宙に浮いている。

「あっぶねーな。こんなごちゃごちゃしてることで転んでみろ。擦り傷じゃ足りねーぞ」
『み、宮地くん』
「ったく、そんなに1人で抱え込まなくてもいいだろ」
『だって…』
「準備ぐらい手伝わせろよ。どうせ合宿始まったらマネージャーだって嫌ほど動かねーとだろ?」
『まぁ…。ご飯とかご飯とかご飯とか…?』
「それだけかよ」
『まだあるけど。一番大変なのはやっぱりご飯かな…?』
「さすがに、あっちに行けば手伝えねーし。今のうちだぞ」
『うっ…。お願いします…』
「初めっから素直にそう言っとけばよかったのによ」
『痛っ…!!』

宮地くんの腕のおかげで浮いていた体をゆっくりと下ろしてもらった。
それとほぼ同時にベチンっという音がするとの一緒に感じた額の痛み。
目の前にはでこピンをした後の宮地くんの大きな手。
彼のでこピンは本当に凶器だ。
あまりの痛さに額を押さえて小さくなる。

『ほんとに宮地くんのでこピンは反則染みてる…』
「あ?なんか言ったか?」
『何でもないです…』
「素直に言わないお前が悪い」
『だって…。練習前に来たから…』
「それが何か関係あんのか?」
『自主練しに来たんでしょ?』
「いや?」
『へ?』

予想していたことと全くと言っていいほどの宮地くんの反応に目が点になる。
練習前に来たのでてっきり自主練をしに早く来たと思っていたのに…。

「練習は午後からだしよ。お前に買い物付き合ってもらおうと思って家に行ったらもう学校に行ったって言うしよ」
『家に来てたの…?』
「まぁ連絡してなかったからいいけどな」
『メールしてくればよかったのに』
「あとから気づいた」
『宮地くんってたまに抜けてるよね』
「あ?」
『何でもないです』

さっと彼の睨みから避けて、合宿の備品の準備を再開する。
宮地くんもノートを見ながら必要なものを用意してくれている。
おもちゃ箱をひっくり返したような部室が段々と綺麗になっていく。
やはり2人でやるとスピードが違う。
これなら何とかみんなが来る前に終わりそうだ。

『そういえばさ』
「なんだよ」
『さっき家に行ったって言ったよね』
「それがどうした」
『…双子姉に会った…?』
「……会った」
『そっか…』

お互い振り返ることもなく交わす会話。
今の自分の顔を宮地くんに見られたくないというのが本音。
宮地くんも手を動かしたままだ。

「お前さ、みょうじが俺と木村と大坪の3人と仲良くなるの嫌なんだろ」
『え…』
「隠してもバレバレだぞ。まぁあいつらは気づいてんのか知らねーけど」
『な、なんで…』
「あ?見てたらわかるっつーの。俺らとあいつがいるとこに遭遇するの極力避けてるってのもな」
『隠してたつもりだったのに…』
「いっつも見てんだ。それぐらい気づくっつーの」
『そっか…』

自分の言葉に一言で返された宮地はなんとも言えない気持ちになった。
#name1の鈍感さに少し呆れた。
きっとこういうことに目ざといハイスペックな後輩ならすぐに気づくのだろうが…。
この場にもしあいつがいたとしたら、吹いてしまうのを我慢する代わりに背を向けて肩を震わすのだろう。
そんな光景を想像しただけで腹が立ってきた。

「まぁあいつらはどう思ってんのか知らねーけどよ。俺はあっちは苦手だわ」
『あっちって…』
「俺はお前のほうがいい」
『…それ他の人が聞いてたら誤解を招くと思うよ』
「うっせ。願ったり叶ったりだ」
『何が?』
「〜〜〜っ。なんでもねぇよ!!さっさと手を動かせ!轢くぞ!!」
『なっ!そっちがワケわかんないこというからでしょ!?』
「おいおい。外まで響いてるぞ」
「おわっ!!」

急に部室の扉が開き、それが宮地くんに当たりそうになる。
辛うじて避けた宮地くん。
それを別に気にした様子もなく部室に入ってきたのは大坪くん。

「ん?宮地。そんなところで何をしているんだ?」
「てめーが急に扉を開けるからだろうが!!」
「あぁ、すまない。もしかして当たるところだったか?」
「もしかしなくてもだ!!」
『大坪くんも早いね』
「そろそろ合宿の準備を始めているのではないかと思ってな。前から少しずつ準備していたのは見ていたが…」

ざっと部室を見渡したあと、すぐ隣にいる宮地くんに視線を移した大坪くん。
その視線に気づいた宮地くんは口をへの字にさせながらも大坪くんと目線を合わせる。

「なんだよ」
「いや。宮地がいるなら俺は不要だったかなと思ってな」
「うっせーよ…」
『??』
「さっきの様子じゃまだまだ見たいだけどな」
「なっ。見てたのかよ!!」
「見てはいないさ。さっきも言っただろう。外まで響いていると」
『?何の話??』
「なんでもねーよ!!」
『そういわれると気になるじゃん!』
「大したことではないさ。宮地が不甲斐ないというだけだ」
『あーなるほど?』
「納得してんじゃねーよ!!」

綺麗になった部室で2人が言い合いをしている中、こっそりと現れた木村と1年コンビは何事かと目を点にしていた。
そんな中大坪だけは微笑ましい表情をしていたとか。


(何が起きてんだ…?)
(早くくっ付けばいいのになってことだ)
(なるほど)


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