高校バスケットボール三大大会。
夏のインターハイ。
秋の国体。
冬のウインターカップ。
少し前その中の最大のタイトルは夏だった。
が、スポンサーの獲得やテレビ中継の開始などにより年々冬の規模も拡大。
今や夏と同等あるいはそれ以上となった最大最後のタイトル。
それがウインターカップである。
そしてたった今、その開会式が終わったところだった。
私たち海常高校の控え室に向かっている途中に、涼太の携帯が鳴った。
「……笠松センパイ」
「あ?なんだよ」
「ちょっと外してもいいっスか?」
「はぁ?なんでだよ」
「ちょっと呼び出しが…」
「なんだ女の子からの呼び出しか!?」
「いちいち反応すんじゃねーよ、森山!!」
「違うっスよ!赤司っちからっス!」
「!…赤司って帝光のか…?」
「はいっス」
「…あんま遅くなるんじゃねーぞ」
「了解っス!ってことで行くっスよ、なまえっち!」
『はぁ!?ちょっ、離して!』
小堀先輩と話していた私はワケが分からないまま涼太に腕を引っ張られ、来た道を歩いていく。
小堀先輩は苦笑の笑みを浮かべて手を振っていた。
いやいや!
見てないで助けてくださいよ!
『どこ行くの!』
「赤司っちに呼び出しくらったんスよ」
『はぁ!?意味わかんない!1人で行きなさいよ!』
「なまえっちもオレたちと同類じゃないっスか!赤司っちも気に入ると思うっスよ!」
『意味わかんない!あんたたちと必要以上にかかわりたくないのよ!』
「いいじゃないっスか!」
『よくない!!』
すれ違う人たちが何事かとこちらに目をやる。
そして、少なからず数人は目を見開いた。
それもそうだろう。
高校男子バスケットボール界の中心である"キセキの世代"の1人である黄瀬涼太が、"唯一のキセキ"であるみょうじなまえの腕を引っ張って歩いているのだから。
一度に2人もの有名人を見たようなものだ。
驚かない方がおかしいだろう。
そんな人の注目を浴びながら、なまえは嫌な汗をかいていた。
中学生であった当時、トップ選手であったなまえは"キセキの世代"と接触しようと思えばいつでも接触できた。
だけど、それをしなかった理由は一つ。
それは彼らを一つのチームとして見れなかったからだ。
団体競技であるはずのバスケがそう見えなかった。
彼女が所属していたチームが持っていた絆のようなものは一切彼らから感じなかった。
いや、感じなくなったといったほうが正しいだろう。
そんな彼らに彼女は少なくとも親近感は沸かなかった。
その感情を特に強めたのは中学3年のときの最後の全中のとき。
あれはもうチームとは呼べなかった。
そんなことを考えているうちに、集合場所へと着いてしまった。
「あれ。赤司っちと黒子っちはまだっスか?」
「まだ着てないよー。んー?黄瀬ちんの後ろにいるの誰ー?」
階段の一番下段に立っていた彼は涼太の後ろに立っていた私に目をやった。
試合などで何回かは見たことがある。
"キセキの世代"センターの紫原敦くん。
遠目で見ても大きかったが、間近で見るとその大きさはやはりというべきか…。
涼太や青峰くんに緑間くんも決して小さいわけではない。
むしろ一般人からすれば、その身長少し分けてくださいと言いたくなるほどだろう。
そんな彼らでさえ、紫原くんと一緒にいると可愛く見えてしまうのだから、人の錯覚とは恐ろしいものだ。
この中に黒子くんが入ると一層彼の大きさが目に見えて分かるだろう。
「オレの幼なじみで"唯一のキセキ"っスよ」
「へぇー。こうやって会うのは初めてだねー」
『そ、そうだね』
「まぁよろしくー」
『こちらこそ…』
どうしてチョコを持っているのか不思議だったが、みんなそこに突っ込まないあたりこれが彼の通常運転なのだろうと思った。
立ち位置は私から見た感じで言うと、紫原くんは階段の一番下の右端。
青峰くんはその少し隣に下から3段目のところに座っている。
緑間くんは紫原くんの反対側に立っている。
涼太は青峰くんの少し後ろの階段の途中。
私はその涼太の右斜め後ろにいる。
そんな私たちのもとに新たなメンバーがやってきた。
「なんだァテツ。お守り付きかよ」
ダルそうに、指でボールを回しながら新たに来た彼に声をかけた。
「峰ちんにもさっちんがいるじゃん」
「さつきはカンケーねぇだろがコラ」
「あ、黄瀬ちんもか」
『あれ。私涼太のお守りなの?』
「んー、保護者?」
『なんか違う感じがする…』
「あ、飼い主?」
紫原くんはチョコをかじりながら言う。
『それだ』
「何気に酷くないっスか!?つーか緑間っち。なんでハサミとか持ってるんスか?」
「ラッキーアイテムに決まっているだろうバカめ」
「いや、とりあえず危ないからむき出しで持ち歩くのやめてほしいっス!」
涼太は携帯をいじりながら言う。
っていうか、さっきから涼太の携帯は鳴ってばかりでうるさい。
「お待たせしました」
『久しぶりだね、黒子くん』
「みょうじさんも来ていたんですね」
『涼太に連れてこられたの』
「なるほど。それはご苦労さまです」
『本当にね』
「ちょっ、ひどくないっスか!?」
青峰くんにお守りと言われた彼は見るからに顔を青ざめさせていた。
それもそうだろう。
これだけ威圧感を出している"キセキの世代"が4人も集まっているのだ。
怖気づいてしまうのも無理はないだろう。
私も彼にそんな空気を与えている1人に入っているのだろうか…。
そんな空気の関係なしといった感じに涼太の携帯の着信音が鳴り響く。
「ケータイうっせーよ黄瀬」
『青峰くんのそれには同感』
「だろ。赤司か?」
「これは…!ファンの子から応援メールっス!」
「死ね」
「いやっス!つーか何でなまえっちと青峰っち、普通に話してんスか!!」
「さぁ知らねー」
『なんでだろうね』
「紫っちとも普通に話してたし!そんなに接点ないでしょ!?」
『ないね。紫原くんなんて今日初めて話したし。青峰くんも緑間くんも2回か3回会った程度だし』
「え…」
普通に話していたからてっきり何度も会った仲だろうと思っていたのだろうか。
黒子くんの隣にいた彼は驚いた表情をしていた。
そんなのも気にせず、紫原くんはさっきからなかなか開かないポテトチップスの袋に苦戦していた。
「むー?あれー?開かない…。ミドチンそのハサミ貸してよ」
「断るのだよ」
「えー?黒ちん持ってる?」
「持ってないです」
さっき食べてたチョコは…?
ていうか、そのポテトチップスは一体どこから出てきたの…?
「つーか、呼び出した本人がラストってどうなんスか!?」
「いちいち目くじらを立てるな。アイツはそういう奴なのだよ」
「…ったく」
呼び出した赤司くん本人にため息を吐く青峰くんの隣で紫原くんがポテトチップスを口に入れる。
っていうか開いたんだ。
そして、漸く彼がやってきた。
「すまない。待たせたね」
「赤司くん」
『(赤司征十郎。試合中に見ただけだったからこうして顔を合わせるのは紫原くんと同じで初めてだ…)』
「え!?(あれが「キセキの世代」の主将…!?顔はよくわからないけど…。とりあえず身長はそんなに高くない…!?ヘタしたら黒子やオレと同じくらいじゃないのか……!?)」
黒子くんの隣に立っている彼が考えていることは手に取るようにわかった。
私も涼太の応援に行ったときに初めて赤司くんを観客席から見た。
私の予想は涼太のような体格をしていると思っていたが、バスケ選手にしては彼は小柄だ。
きっとそんなことを思っているのだろう。
「大輝。涼太。真太郎。敦。そしてテツヤ…。また会えて嬉しいよ。こうやって全員揃うことができたのは実に感慨深いね。ただ…。場違いな人が混じってるね。今僕が話したいのはかつての仲間だけだ。悪いが君は帰ってもらっていいかな?」
『………』
そう発した赤司くんが見ていたのは私でなく、黒子くんの隣にいる彼のチームメイト。
見た感じ足がすくんで動けないようだった。
私は体ごと赤司くんに向けた。
『それは私のことかな…?だったら今すぐ戻るけど』
「いや、君のことではないよ。むしろ君とは一度話をしたいと思っていたほどだ」
『それは思ってもいなかった言葉だわ』
「そうだったかな。さぁ時間はたっぷりあったはずだがな」
『(まだいたの…)』
折角人が動ける時間をあげたというのに…。
それとも私と赤司くんが話している空気でさえダメだったのか。
隣にいる涼太も少し頬を引きずっている。
「……降旗君」
「なんだよつれねーな。仲間外れにすんなよ」
足がすくんで動けなくなった彼の肩に手を置いたのは火神だった。
あれ、今来たの…?
開会式終わってるけど…。
「あ、火神!!」
「ただいま。話はアトで。とりあえず…。あんたが赤司か。会えて嬉しいぜ」
「………」
しばらくの間、火神の顔を見た赤司くんはゆっくりとした足取りで一段ずつ階段を下りていく。
そのときに私の隣を通っていったが、やはり彼が纏っている空気は他のキセキたちよりも"何か"があった。
別に目が合ったわけでもないのに背中に嫌な汗が流れる。
「真太郎。ちょっとそのハサミを借りてもいいかな?」
「?なんに使うのだよ?」
「髪がちょっとうっとうしくてね。ちょうど少し切りたいと思っていたんだ」
そういって赤司くんは緑間くんからハサミを受け取った。
あれ。
さっき紫原くんには貸さなかったのに、赤司くんには貸すんだ。
っていうか髪がうっとうしいって今ここで切るの…?
突っ込み所がなんだか多い気がするのは気のせいだろうか。
だけど、先ほど彼から感じたものを考えると簡単に口に出せるものじゃなかった。
「まあ、その前に火神君だよね?」
そう言って火神の前に立った赤司くんは徐に手に持っていたハサミを火神に向かってそれなりの速さで突き出した。
「うお!?」
「火神君!」
黒子くんもまさかの赤司くんの行動に驚きを隠せていなかった。
辛うじて避けた火神だが、その頬はハサミが擦れて血が流れている。
「…へぇ」
『(へぇ。じゃないでしょ!!なにあれっ)』
「よく避けたね。今の身のこなしに免じて今回だけは許すよ。ただし次はない。僕が帰れと言ったら帰れ」
口を動かしながらも、手に持っているハサミを動かす。
そして、自分の前髪に触れそのハサミで切り始めた。
「この世は勝利がすべてだ。勝者はすべてが肯定され敗者はすべて否定される。僕は今まであらゆることで負けたことがないしこの先もない。すべてに勝つ僕はすべて正しい。僕に逆らう奴は親でも殺す」
『(ちょっと待って、頭がついていかない。涼太も緑間くんも冷や汗流してるし。こんなときまで欠伸できる青峰くんとお菓子食べてる紫原くんの図太い神経はどうなってんの!?赤司くんはこんなに危険な人だったの…!?)』
パニックで頭が回らないところに、また赤司くんの声が響いた。
「じゃあ僕はそろそろ行くよ。今日のところは挨拶だけだ」
そういって踵を返す赤司くん。
そんな彼に青峰くんが立ち上がって声をあげる。
「はぁ!?ふざけんなよ赤司。それだけのためにわざわざ呼んだのか?」
「いや…。本当は確認するつもりだったけど、みんなの顔を見て必要ないと分かった。全員あの時の誓いは忘れていないようだからね。ならばいい。次は戦う時に会おう」
『(誓い…?)』
赤司くんのその言葉を聞いて、涼太たちの目に強い意志が表に出ていた。
階段をゆっくり上がっていく途中、赤司くんは私に目をやった。
「君は僕たちと同類に見えて実は違う」
『っ!?』
「どちらかというと君はテツヤと少し考え方が似ているみたいだ」
『………あぁ。そういうこと』
「君が男ならもっと面白かっただろうがな」
『そうですね。あなたたちとバスケで対戦してみたかったです。もう叶いませんがね』
「リハビリはしているのか」
『…何でもお見通しで』
「そんなことないさ」
『涼太にバレてなかったので誰もわからないと思っていたんですけどね』
「僕の眼も君と同じように"特殊"だからね」
『そうでしたか。リハビリは空いた時間を有効に使ってやってます』
「そうか。もし治ったら手始めに大輝とやってやってくれ。最近刺激が足りていないみたいだからね」
『そんなに過大評価するほどのものじゃないわ』
「そんなことないさ。まぁ期待して待っているよ」
それだけを言って彼は姿を消した。
それを見た青峰くんたちも次々に各自の行くべき場所に戻って行った。
『黒子くん』
「はい?」
『頑張ります』
「…はい。頑張ります。そちらも頑張ってください」
『ありがとう』
最後までいた黒子くんに去り際に後ろから声をかけた。
微かに私の言葉に笑って答えてくれた。
少し先にいる涼太に早足で追いかけた。
「…リハビリ」
『言うと思った』
「いつからっスか」
『さつきと会ってから。いいとこ教えてもらったの』
「そーっスか」
『あれ。てっきり「何で黙ってたんスかー!!」って言うと思ってたのに』
「そういうつもりだったんスけど、でももう一回なまえっちバスケしたいって気持ちのほうが大きかったっス」
『そっか…。とにかく赤司くんには驚かされたわ。あんな人だと思ってなかった』
「でも、あれは火神っちが避けるってわかってて赤司っちもやってたっス」
『そうだね。あとでよく考えたらそうだと思った。あの時はちょっとパニックになってたけど』
「とにかく!今は目の前の試合に集中するっス!」
『うん!頑張ろうね!』
「はいっス!」
呼び出しから戻り案の定、遅いと笠松先輩に足蹴りされていた涼太。
そんな様子に小堀先輩と一緒に苦笑をこぼした。
ウインターカップ初戦。
海常は徳間県代表の平石高校と対決し、涼太の実力もあり難なく初戦をクリアした。
年末に行われる三大大会最後の決戦。
その出場校は50にのぼる。
7日間のトーナメントで行われる試合全部で50試合。
開会式後すぐにその一回戦はメインコート3面、サブコート1面の計4面を使って初日・2日目に行われる。
私たち海常高校同様、着々と試合が消化されていく中、初日の対戦中最注目カードが始まろうとしていた。
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