『Only one love』

狼は風を振り切るように塔を目指した。星空と満月を空気だけがあるこの世界が、また色を変える。息を乱し、駆け上がった。
レンガ状の塔の最上に出た時、そこには数人の白のローブをした人間がいた。それらはいきなり登場した男に驚き、ざわめいた。だが彼はすでにその中央で眠る人間に釘付けだった。
ずっと探して、ずっと焦がれ、愚かにも絆もむなしく忘れていた存在。ふらつきながら足を運んで、無骨な手で女の…ソルトの頬を撫でた。
随分年月が過ぎた。記憶の中で今も走り回る少し幼いソルトはもうここにはいなかった。一人で女性として、成長しきっていた。瞼の下にはうっすらと隈が浮かび上がり、白い滑らかな頬はまだ少し高揚していた。
「彼女は、シヴァに会う儀式を行っているのです」すぐさま察したように付き人である男が答えた。男はそれを聞くと、彼女の隣に置いてある小瓶の目をつけた。少量ながら残ってるそれが放つ匂いも、この場も。男は黙ってソルトが目を覚ます帰りを待ち続けた。
だが、ソルトは一向に目を覚ますことはなかった。それどころかソルトはそのまま体温をなくし鼓動を弱めていった。高揚していた頬が白く、雪のように冷たく固まってゆく姿を、一秒事に死へと進んでいく女の身体を刻々と見せ付けられ、芽吹く女の香りは忽ち、うすくその名残を失せていった。
―――言っただろう その女はお前を置き去りにする、裏切りと卑怯を持つ魂だと
後ろで零れるような白の灯りが男を照らした。よく知る声と気配にも関わらず、ソルトの表情から目を逸らさなかった。
シヴァの薄緑の透けるような瞳が男を貫いているが、彼は何も言わず、ただ呆然とソルトの傍にいる。もうシヴァに何も聞く気はないようだ。
愛おしくも悲しくも…哀れだ。だがシヴァは容赦なく突きつけた。
「お前は次の廻りでも、悩み、後悔し続けるだろう」人の輪廻の記憶、それはひとつの物語で決着や答えを見出しても、次の世でまた繰り返し一から築き上げてゆく。
だが、狼はもうただの狼ではなかった。その瞼の裏にも今のここにも、もう離れたくない人がいた。それは慈しむ心と波状の魂。そこでようやく掠れた声で答えた。
「それでもいい。俺がどんな道を歩み、人を殺し、何かを犠牲にしても、それは俺の道だ。こいつの所為でも、誰のせいでもない」
一つだけ教えておく。魂は見つかる。あの子は君を見つけてくれるよ
あの男の言葉が蘇った。それが今では無理なのなら、次の世でもいい。
シヴァは狼…いや男の魂をただ真摯に見つめた。(だが次、彼女の魂と出会う世界でも、この男はまた同じ罪を背負い、苦しむだろう)すでにもう決まっているが、一応聞いておいた。
「では、今度は人間に生まれ変わるか」
狼は返事もしなかったが、否定も拒否もしなかった。それは答えにしては充分だった。

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