その日、私は村の置くに聳え立つある塔へと向かった。
最果ての場所。古い記述によく出てくるもので、現在のまじない師たちの見解では、最古の物語にも登場するといわれる、古の塔だ。誰が建てたのか、何故建てられたのか。
塔自体は歴史を振り返るといつも存在しているが、いつ建てられ、その昔に建てられたにしてはよほどの技術である。その場所に向かうには霧が立ち込めた、長い森を迷わず抜けなればならない。ソルトはずっと昔、師に教わったことを忠実になぞりながら、その先へと進んだ。

そこは切り抜かれた絵のように、草原と空だけだった。いや、そしてその向こうには塔が見える。壮大かつどこかひっそりと聳え立つ姿に身震いがした。大きく、素晴らしい建築物だが、妙にそれが寂しく思えた。ごうごう、とうねる風を切りながら塔の傍に寄り、入り口のような窓を見つけた。
辺りを見渡しながらソルトはその窓へと入った。ひんやりと寒い。円柱のような作りで壁をなぞる様に石の螺旋外段が着いている。上を見上げれば、そこから光が漏れて空が見えた。不思議な光景だった。
惹かれるような感覚にソルトはその階段へ足を進めていった。どれほどにも長い階段。ソルトはゆっくりと確かに上りながら、それと同時にまたゆっくりと蘇る記憶をのせた。

それはたった一つの始まりだった。記憶の中で途切れ途切れに浮かぶ私は、小鳥を手のひらにのせて何度も何度も撫でていた。
小鳥はくちばしをひらき、目を閉じて息絶えていた。私はその小鳥の腹を撫でながら母に死の意味を聞いていた。
だがしばらくして私はその小鳥を胸に抱きこんで空へと放った。死んだはずの小鳥は羽を広げその空へと飛び立った。はしゃぐ私を後ろ目に母は、後ずさりをして言い放った。
「     」何を言われたのか、今でも思い出せなかった。
しばらくして記憶が移り変わった時、母は山二つ超えた町外れに私を連れて行き、「ここで待っててね」と言って束ねてた長い髪を揺らし、私を見ないようにどこかへ行った。
本当はあの時、母の後ろ姿に縋りたかった「待って」って。でもそれを拒否されることは目に見えていた現実に、私は何も出来なかった。
何日も経って、お腹がすいて、寂しくて寒くて、その時現れた先生を私は今でも忘れない。ソルトと名乗った時、先生は私のすべてを貫くような目で見ていた。
「ソルト…君は名が欲しいかい」
なぜあの時、私は新しい名が貰えるチャンスを逃したのだろう。でもこれだけだった。名前だけが唯一の繋がりだと思えたから。
28になった自分の記憶はまだ限りないほど少ないのかもしれない。だけども、いつだってあの頃に帰れる。
あれから、もう失ってしまったものを思いながら、私は先生から教えてもらったまじないを封じた。多少には人助けも行ったが、深入りの干渉はせず見捨ててきた部分もある。

塔の窓から見える草原の景色を見ながら、そっと瞼を閉じた。一つの黒い影が遠くにいる。それを感じながら、大丈夫だと自身に言い聞かせた。
大丈夫。それでも必ず、今度は私が迎えに行く。

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