Inten year...

木々の陰に座りこんで、汗を拭った。空の天気は良好で明日には次の村に着くだろう。ちかちかと眩しい太陽にくらくらした。肌寒いのにどうしようもなく汗が止まらない。寒いのか。暑いのか。最近、体温調節がおかしくなっていっているのを刻々と感じた。
ぎゅっと腕のローブを握ってその先を睨みつけた。少し色が落ちた赤髪が風で揺れる。
もうあれから随分時が経ってしまった。あっという間に10年の時が過ぎ去り、ソルトはすっかり一人旅に慣れてしまった。どこまでも歩き、どこまでもを調べ、彼女はずっと探し続けていた。
10年前とは遥かに落ち着いたソルトは、そこかしら憂いを感じさせるような寂しさが漂っていた。だが、もうそれは埋めるつもりもない。これは自身が背負うべきものだから。
10年前のあの日、シヴァの泉に入ってしまったソルトは重要なものを失ってしまった。
それは狼を失っただけではなく、とある「眠り」へと誘われるようになったこと。それはシヴァがいるあの空間へ行ったことが原因だと思われた。こちらへ還る代わりに、自身の魂のリズムが狂った。瞳の下にうっすらと浮かびあがる隈がそれを思わせていた。

あの後ダリアは村でもう一度やり直す事になった。村人達の記憶は消え去り、ダリアは新しい生活を送ることになった。あの子は私に着いて行くと言ったけど、それを了承する事は出来なかった。どんなに辛い記憶や思い出の中でも、あの子を育ててくれた人がいたの事実だった。記憶をなくしても、それは変わらない。きっとやっていける。
あの後、祭典や老婆のまじない師さえもなくなって、普通の村になっていた。神々への強い宗教心は消え去り、尊い文化を紡ぐたった一つの村へなった。
そして、ダリアの命を復活させたまじないが、未だに自分が生み出した力だとは思えなかった。だけど、確かに私の力だったのだ。その事実と共に、私はそれを封印した。もう使わないようにしたのだ。それは決意だった。
ダリアを救えた事に後悔はない。けれど今回でわかったのだ。私はすべての人を救うことは出来ないのだと。エヴァンの時のように、目の前にいる人の苦しみを消すなんてことはただの思い上がりにすぎなかった。
あの日 ソルトが狼を待ち続けた7日目にようやくシヴァとの記憶を取り戻した。記憶の底に滲むように出てきたシヴァを今でも忘れない。月よりも眩しい白銀。あれは夜遅くだった。ダリアを寝かしつけ、ずっと外の夜空を見ながら狼の帰りを待ち続けた中での事。
(これほど帰ってこないのはきっと何かあったからに違いない)
忠告を聞かなかったから、彼は怒ってどこかに行ってしまったのだろうか。ソルトは夜風にさらされながらも待ち続け、うつらうつらと眠気が来た時に痛いほどの閃光に顔を覆った。
そして次に目を開けたときには、とある白の空間に立っていた。さっきまで小屋の外にいたのに、建物はなく地面や空もない異空間に呆然とした。
その時、正面に現れた白い光にうっと目を細めた。それは徐々に縁取られ人の形へ。白銀の髪と銀の杖とその異様な程のオーラはすでに何者かを告げていた。
「シヴァ…」そう呟いた時、目の前にいたその神は唇を上げた。
―――忘れたのか
その台詞にソルトは不意に何かを突かれたように記憶がうねりを上げるように、瞳の奥で再生されたのは確かに、ソルト自身を記憶だった。狂おしい程の炎が熱く燃え盛り、その中で人々の声が響いている。次に、美しくも暗く、孤独でどこまで続く水の中にいた。
痛いほど瞼の裏がじくじくとしたものが走った。ああ、白い光。眩いほどの…
―――帰してやるが、引き換えをもらう 一番大切なものを。
呼吸が乱れ、ソルトは激しい感情に手が震えた。その言葉を紡いだシヴァはそう言ってソルトの中にあるものを覗き、持ち去った。嫌だ やめて
―――そなたの名はなんだ


ソルト 


記憶の私と、今の私の声が重なり覚醒した。瞼を開いたソルトの瞳は金色に暁のようにぎらぎらと煌めかせながら、目尻から両頬の下までいくつもの涙をつけていた。
―――すべてはそなたが選択したのだ
孤独にいつも前へ行っては隣に歩いていた狼…いや、彼を思い出した。「私のせいで彼は死んだのね」ソルトはいくつもの涙を流しながら答えた。
――死んだのではあるまい 奪ったのは、そなたの居場所だ
シヴァはそう無表情に答えた。ではソルトにとって狼は居場所だったのか。そしてそれが私の大切なもの。心の深くそこで眠る、自身の事実。白く眩い光の中で拳を握った。
「なら生きてどこかにいるのね」そう言えば、シヴァは頷いた。ならば、私が見つけるしかない。狼が私のせいで消えて、私の大切な者であるとわかった今、私は探しにゆく。何年経とうが、探しにゆく。
――だが容易ではないぞ 狼の記憶奪い、それはとある言葉で蘇るようにした
シヴァはそう言って唇を上げた。そのとある言葉は教えてるつもりはないらしい。
「意地悪ね」ようやく、ふっと力を抜き、疲れたようにソルトが答えるとシヴァは愉快気に少し笑みを向けた。
――忘れるな すべてはそなたらが作ってゆくのだ
そうしてシヴァは、また眩い光と共に消えた。それからシヴァに会うことはなかった。
それから数年の後にソルトの魂は徐々に「眠り」へと誘われ、少しずつ体力を削られ続けた。思わぬハンデにしては大きいものだった。そしてシヴァは一切この症状のことは言っていなかった。だが今更だ。ソルトは全てを受け入れた。後戻りは出来ない。

next






「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -