ソルトは古地図を見ては山周辺の調査に明け暮れた。この世界には地図ではのっていない所に村がある。例えば古地図に記されて今にないもの。その村の風習や神がかり的なものにより隠れ里のようになっている事が多い。
そうしてようやくソルトは奥地にある村に訪れた。そこは古の伝統が盛んであり、隠れた村として霧がかっている。この場所は神々が生まれたとされる神聖な場所であり、普通の人であってもこの山に踏み入れ瞬間にその空気の違いに驚くだろう。
ソルトは狼の居場所を探すのと同時に、先生の居場所も探した。再会できれば、何か知恵を貰えるかもしれない。そして私がダリアに使ったあのまじないの力。聞きたいことは多くあったが、師とはただの一度も再会することはなかった。あれほど有名であり名を馳せていたのだがすっかりその噂は途絶え、どこかの言い伝えのようにしか残っていなかった。
そして魂のずれで生じた『眠り』これは少しずつソルトの安眠を妨げ、いつのまにか体力を蝕み、時々体の負担になる時が出てきた。
『眠り』それはいつも闇の中で彷徨う姿。ただの夢ではないことはもうわかっていた。現実とあちらの間。時空も異次元もすべてが蠢く闇の洞窟。もう一度シヴァに会わなければならない。


またこの古の村には先生が以前話してくれた事があった高齢のまじない師がいる。普段は山に篭りっきりになるのだが時期を見てやっと見つけた居場所。だがそのまじない師に会うには色々と面倒がある。ただでさえ村を見つけるのに根気がいったが、今度は村の風習に従い、まじない師が決めたタイミングでの面会で、しかも一度だけ会えるという事。
そのお呼ばれが来るまではこの村に滞在するしかないだろう。あのまじない師に会えば何か旅のヒントが見つかるはずだ。
その間、ソルトはさっそく買い出しをしていた。もう一人旅は随分慣れてしまった。旅は最低限に色んな所を見て回った。だがどうしても狼を突き止めることは出来なかった。
「おーい ソルト―」後ろから聞こえた掛け声に首をすぼめた。ほら、まただ。思わずため息を零して後ろを振り向けば、そこには妙にはしゃいだ様子のダレンと言う男。
この人は2年前にとある町で出会ったのだが、妙にソルトに付きまとい先回りやらついてきたり、と思ったら消えたり、非常にやっかいな人だった。
最初一人旅のソルトに求婚を申しかけ、それからしばしば見かけるようになってしまった。もちろんソルトにその気はない。だがダレンはどう断ってもついてくるのだ。そして今回も。そばかすのある頬で目を弓なりにさせ、ソルトに手を振っている。その光景を何度も見ていたソルトはもう一度ため息を零した。
「…ダレン、またついてきたのね」じろっと睨めば、ダレンはさもなんでもないように、「それよりも一緒に村を回ろう」と言っている。頭が痛い。思わず、あのソロモン王子思い出した。
だが正直、ダレンの強引さには少し救われている部分もあった。屈折なく話しかけてはおかしな話をするし、割と知識深い。
何やら彼の一族は代々『物書き』らしく、ダレンの父も相当に有名な著者だったらしい。もちろんその才を受け継いだダレンはソルトのように旅をしながら執筆のネタを集めているそうだ。といってもソルトには遊び呆けてるボンボン息子にしか思えてなかったが。
その時、ダレンは思い出したように「ああ、そういや」と言葉を呟くと、そのまま続けた。
「そういやソルト、青の国の人らが来てるらしいぞ」
ソルトは思わず足を止めた。
青の国。その言葉を聞いた瞬間、なつかしいほどの空気が私を包んだ。じりじりと胸の奥で焦がれるように、美しく装飾されたあの国を思い出した。随分前に先生と狼とで訪れた国。廻りゆく記憶の中で、金髪で美しくも綺麗だった美青年のソロモン王子に、案内役のミゾ。
ソルトは「そう…」と相槌を打ちながらまた歩き始めた。
ダレンはそんな様子を横目にして、さりげなく知っていた情報を話した。
「青の国は伝統と繁栄の国だからな、大層な付き人でも連れてぞろぞろ来るかと思ったんだが、特に王家の人間は来てないらしい。今回は外交と言う名の観光だとかで、引退した従者が訪れてるんだと」たいした国だね、ダレンはそう話して口を噤んだ。


その時、どこから駆けてきたのか子供がはしゃぎ声を上げながら市場の屋台の隙間を走り抜けた。途端にダレンの腰元を小さな女の子がぶつかって来た。
こてんとこけた子に、ダレンは慌てて「大丈夫かい」としゃがんで体を起こしてやった。ソルトも屈み、少女の足などを確認するが特に何もないようだ。
「ごめんなさい」焦げ茶色の瞳が申し訳なさそうに見上げていた。ダレンはその様子にくしゃくしゃと髪を撫でてやり「怪我がなくてよかったよ」と言って安心させるように笑った。それを見たソルトはダレンらしいと笑みを作って、優しく少女に言った。
「ここは人が多いから走らない方が良いよ。あっちの広場なら最適よ」と、向こうに見える石畳の広場を指さした。
その指先を追いかけた女の子は「うん」と笑みを作って、スカートを掃うと「ありがとう」と今度は歩いてその広場に向かっていった。

一瞬、あの小柄な、はちみつ色の瞳を持った少女を思い出してしまった。ソルトは小さく手を振った。







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