ソルトは腕の中で息絶えているダリアを見た。そしてその胸元から見えた肌の色の注視した。それは赤黒く変色している。ソルトはそっとダリアの服をめくった。変色した肌が広範囲に露出された。それを見た瞬間愕然とした。ダリアは火柱で焼かれる前の段階ですでに半殺しの目に合い、死に掛けていた。見た目ではわからないよう、服で隠れるところばかりをやったのだろう。
「ひどい」こんな…、ソルトは手を小刻みに震わしながらダリアの縮れた髪を撫でた。
6歳の子供にすることだろうか?拷問だ、これでは。
―――人間は真に非道だな 我は一度も生贄など告げてはなかったが
ソルトは黙ってダリアをこれ以上なく優しくかき抱いた。細く軽い身体。耐え忍んできたその身体は頼りなく折れそうだ。背中にて手を交差させた時、瞼の裏で咲き乱れる花吹雪が、すべてを多い尽くすように空中で踊る光景が瞼の裏で鮮明に映った。
途端に言い知れようのない、熱く掻き乱れるようなものが胸を焦がした。到底効くはずもないこと、されどもう一度命が芽吹くその瞬間を見届けたい。ソルトの手が白く発光した。滑らかにすべる手の甲はあたたかい小さな太陽を宿すように灯されている。唇から出る、『育ての息吹』ではなく手のひらにすべての思いと力を寄せた。

その光景をまじまじと見ていたシヴァは目を大きく見開いた。
――まこと、
その白銀の髪を揺らせながら、目の前で燃えるような髪を持つ少女が、消えていく命に新しく芽吹かそうと、眩しいほどのエネルギーを注いでいる。それは普通ではない光景だった。
発光する手はダリアの背中を包み、何やらダリアの頬が少しずつほんのりと赤みが出てきていた。そしてそれと同時にソルトの燃えるような髪が少しずつ、暗く色が落ちるように変わってきた。その時、ダリアの背中が上下に動いた。それは確かに呼吸をする動作であり、生きている証だった。ソルトは肩にもたげるようにあったダリアの息が吐かれたのを感じ、目を見開いた。その先にはシヴァの姿。
そしてまだ発光する手に目を向けた。今まで、草木に花にしか使ったことのないまじない。先生にも「育てのまじない」だと言い聞かされてきた。一体―…
―――だがここは死者が葬られる泉、その子供が息を吹き返した所で、お前はどうだ
ソルトはシヴァを見た。神の領域に確かに踏みこんでしまったものは、掟により従うしかない。
シヴァの泉は死者の入り口。そこへ踏み入れた瞬間が「死」であれば次の輪廻へ、「生」であれば魂を取られる。例え間違いであって踏み入れても必ず命はない。ダリアは「死」であったが、ソルトは「生」泉の水は身体に纏わりつき、魂を離さない。
そのシヴァの言葉を聞いた途端に呼吸を苦しくなった。肺に送られる酸素が急激になくなり、苦しい。そうだ、私は今、泉の中にいるんだ。意識が目覚め、確定した。身体は、まだ水の中だ!
息が出来ないッ首を押さえ指が食い込む。痛い!苦しい!
魂である意識は此処にあり、空気があるように感じるのに、私の身体(本体)はまだ水の中だ。このままでは私も、ダリアも…
―――ほう、迎えに来たのか
シヴァは目を閉じてそう呟くと唇をあげた。今、シヴァの瞼の裏には千里をも越えた世界が瞬くに映っている。そこは泉、深く、どこまでも続く。普通の生きている人間が入れば、もう戻ってくることは出来ない場所。そこでくるくると回りながら水底へと落ちる赤髪の女と子供。それに纏わりついている漆黒。神の領域にあるここは、この漆黒には生きにくい場所のはずだが…
それは人の形へと変化し、一人の男へとなった。意識を失い、空気を恋して落ちる女の頬を両手で掬うと、その男は唇をそっと重ねた。まるで永遠のように重ねられた唇は酸素とすべての感情が流れてきていた。月明かりでかすかに泉の奥底にさす薄い光源と泡の中で交わされた行為は、ただの男と女だった。





シヴァはその光景に目を開けた。そして先ほど目の前で苦しんでいた女は「ん、」と唐突に与えられた何かに頬を上気させ、空気を得た。そしてそっと目を開けた。シヴァとかち合った瞳。
―――どうやら迎えがいるようだ 帰してやるが、引き換えをもらう 一番大切なものを
シヴァは細い手を出してすっと弧を描いた。
そなたの名はなんだ
ソルト 無意識に唇が動いた。ソルトの瞳が星空のように煌めく。紺色の中で砂粒のように小さな炎がひとつ。無意識でありながらもすでに彼女の心、いや魂に刻み込まれた大切な者は―そこに漆黒の影が見えた瞬間、シヴァは確信した。そして手を払うようにして言った。
さあ、ゆけ
ソルトが返事をするや否や、また眩しいほどの光に包まれた。
意識がまた水の中で覚醒した。ばしゃん、と水から顔が出た。息を乱し、はあ はあ、と吐いて、自身の身体を支える人を見上げた。
髪から水が伝ってずぶ濡れだが、それだけではない。ソルトは確かに涙を流して頬を濡らしていた。何故かわからない。
その時ソルトの記憶は混在し、自身が水の中でどこへ意識を持っていかれ、何故吹き返したのかは覚えていなかった。

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