水路から出た時、一人の村人が叫んだ。
「死んだはずのダリアが生き返った…!」その叫びと共に人々は凶器に満ちた声を上げた。ソルトを指差して「魔女だ」と騒ぎ、また石を投げ始めた。生きているソルトが泉に入ったのに死んでいないからだろう。人々はよりいっそう悲鳴と興奮の声で繰り返し叫んでは罵倒している。それを冷たく見下ろしながら狼はダリアを抱くソルトを庇うように後ろにした。
その時、しわがれた老婆が出てきた。その格好と風格からして、それはこの村のまじない師だということを現していた。ぎらぎらと光る目玉は白く濁り、松明のせいで銀色のように照りかえっている。そして人差し指を狼へと向けた。
「お前は、魔の僕…!我らに歯向かう畜生ッお前も不幸の根源だっ」
狼はぎりり、と唇を食いしばりその瞳を細め、黒く放たれる殺気を強めた。びりびりと伝わる村中の非難が彼を一気に突きつけられた。
「違う―!」切り裂くように叫び木霊した。ソルトは身を乗り出すように、その言葉を一点の曇りのない瞳で叫んだ。その台詞に狼は目を見開いた。ソルトはいとも簡単に答えを出した。

何故?

「ソルトは本当に君を好いて信頼している」
狼の脳裏に駆け巡ったのはいくつも過ごした記憶のスライド達。
そして狼には全てがクリアに見え、キィィインと煌めく漆黒の瞳が全てを見通した。自身の後ろにソルトダリアだけではなく、薄く透明に光を帯びた、――シヴァがいることを。
神は狼の首を後ろから抱きしめるように腕を通していた。普通の人間には見えないだろう。それを横目に確認した狼はソルトに向かって言い放った。
「先に行け」それは永遠の言葉のように感じた。
正面を向く狼の表情は伺え得ない。なんだか嫌な予感がする。
「嫌よ、一緒に行こう」そう言ったが返事をしてくれなかった。ソルトは首を振って彼のはためくローブを握って引っ張った。そしてその時、
「またな、」ソルトはその台詞に目を見開いた。「いや」と反論する前に痛いほどの光線が飛び交い瞼が焼けるように目が開けられなくなった。何かが私達を包もうとする。
「いや、いやいやいやっ」ソルトは必死に叫んで、もう一度狼の背中を掴もうとするが、掴まえる前に、その体は光と共に包まれその場から消えた。
狼はそれを横目に確認すると、美しく光る女神のような神に向かって「ああ、いいだろう」と呟いた。ソルトが磔にされたダリアを助けに行った時、その不自然な匂いを感じ取っていた。それはまさに死臭。だが、水の中から出たダリアは息を吹き戻していた。
ソルトの力だとすぐに確信した。どうやらソルトはあの力を使ってしまったようだ。結局あの師匠の思惑も思わぬ所で狂ってしまったな。
だがソルトはそういう奴だ。破天荒で周りを巻き込む。狼はあの赤髪を思い出してよりいっそうどこか吹っ切れたように前へ向いた。その漆黒の瞳はこれ以上ないほど黒く、そしてすべてを受け入れていた。
泉の掟。ソルトは死の代わりに交換をした。あの様子から見た所、ソルトは何も覚えていないのだろうが。それが何かわかった俺は、もはやどうすることも出来ないが、その事実を確信した今、本当はひどく嬉しかったのかもしれない。シヴァは人間の大切なものを奪う。
―――あの女と交換をしたので貰いにきた
狼は目を瞑った。目の前に広がる群衆は突如と消えたダリアとソルトを見て狂おしい程の興奮の声を上げている。

「ああ。いいさ、くれてやる」











すべての甘さがソルトに返ってきた。優しさや思い上がりで、すべては崩れ去った。
「あまり深入れはするなよ、所詮他人なんだ。これまでは良かったが、全ての人間を助けられるなんて考えはやめておいた方がいい」
ぽっかりと空いた感覚に眩暈がした。あれから何日も待ったが、狼は帰ってくることはなかった。そして村に戻った時、すべての村人の記憶が消えていた。それは、あれほどの大騒ぎを起こしたソルトや狼青年だけではなく、ダリアの事さえも。すべてが謎に包まれ、本当に狼が帰って来ることはなかった。






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