それはデイルという村にある風習。代々継がれるまじない師が村の行く末を占う。そこで、6年前に祈祷師が占った未来に深く関わる子供が生まれた。名はダリア。
まじない師はその子を呪いの忌み子としてお告げを村人にした。
「この赤ん坊は死の象徴。生まれ持って不幸を背負っている。この子に関わるものはすべて罪を得る」それを聞いた両親は、乳もやらずに捨てた。だが、それも遅かったのか、あるいは赤ん坊自身が捨てたことを知ったのか、両親は不慮の死を遂げる。たらい回しを経て、ダリアは村の厄介者だった男に預けられる事になった。不幸な子として呼ばれ、6年もの間誰も近づこうとはしなかった。
―ダリア その言葉は最も穢れた名になった。



どこまでも広がる森。ソルトは珍しい実を見つけ、ぷちっと少しだけ採った。全部は採らないのが約束である。時々花も摘んで、その芳しい香に目を細めた。小型のすり鉢で薬草をすりつぶし、調合を繰り返しながらいくつもの症状に効く薬を作り、溜めておく。
最後は団子状にして乾かし、小袋に貯めておくようにしている。これはお金にも換われば、物々交換にも使えるからだ。がさがさと後ろの草むらで音がなった。
「見つかった?」ソルト振り向かず小鉢とミニの秤を見比べながら音がする方へ聞いた。
「南西に1`先、人の匂いが様々にある。多分、規模の大きい村だろう」
そこから出てきたのは漆黒の狼。わかった、ソルトは短く返事をして小皿や瓶に小鉢を袋に直して肩に掛けている鞄につっこんで立ち上がった。

あれから先生と別れて早一ヶ月も経った。当初落ち込んでいたソルトだが、徐々に自分を取り戻していく。それでも無理して明るく振舞っている所があるのは、狼もわかっていた。だけどあえて何も言わないようにしていた。乗り越えていくのはソルト自身だからだ。そして、向かうは次の村。



狼が言った通り、確かに村があるようだ。南西に進んで行くと森の途中から整備された道が出てきた。ソルトは羅針盤で方向を確かめながら空を見上げた。どうやら、夕暮れまでには着きそうだ。パチンと片手で蓋を閉めて懐にいれた。
ふとそこで、前を進んでいた狼の足が止まったのでソルトはいぶしかげに、その隣へ並んだ。視線の先には木々の向こう側に見える、小さな泉だろうか。青々と茂る植物の中、その小さな池の水面が反射でエメラルドグリーンに輝いている。
所々は葉っぱや花びらがそこに浮いて、上から差し込む光がちょうど池を照らされ、そこには小さな男の子らしき背中が見えた。茶色の髪が光で反射して少し目映い。
「人だな」
ソルトは相槌を打ちして木々の方へと進み多い茂る草の方へ足を入れた。がさがさと草が音を上げて。その泉付近にいた小さな男の子は驚いたようにこちらを見た。
ソルトは、慌てて見繕うように「その、村はこの先にあるのか尋ねようと思って」と、言葉を続けた。
男の子は返事もせず、ただ珍しそうにこちらをじっと見ている。その子の手には摘み取られた花が収まっていた。ソルトは深呼吸をして落ち着いた声で挨拶をしてから「君の名前は何?」とゆっくり聞いて足を泉の方へ勧めた。
するとその子は戸惑ったように唇を震わせた。なかなか答えない子供に、ソルトは笑顔を浮かべ、「秘密でもいいよ」と冗談っぽく言ってみた。
するとその子は少し距離を置いて、小さくポツリと零した。「ダリア」ダリア、ソルトは復唱しながら、「素敵な名前ね」と答えれば、その子はまた驚いたように目をぱちぱちさせていた。そしてまぶしそうに目を細めた。そして、ようやく答えた。「村の近くまで案内するよ」か細い声だったがとても優しい声だった。


何やら近道があるそうで、ダリアは草木をかきわけ、細道へ案内してくれた。ダリアは少し頼りない足取り。ソルトはなんとなく、ダリアの手を持った。するとダリアはまた驚いたようにソルトを見上げた。
その様子に慌てて「あ、ごめん。嫌だった?」と言って手を離そうしたが、ダリアはぎゅっと力をこめたまま首を振った。その様子に笑みを浮かべて、また足を進めたしばらく進めば、確かに、村の入り口近くを知らせる木の看板を見つけた。ダリアはそれを指でさすと、手をそっと離した。
「ありがとう。本当に助かった」
ソルトがそう言えば、ダリアはこくんと頷いて、村の入り口とは反対の方へ足を止めた。
「ダリアは村には入らないの」と聞けば、ダリアはまた頷いて俯いた。
…どうやら何か事情があるようだ。
ダリアはこくんと頷きながら踵を返すように小さな手のひらでバイバイと手を振った。
そうしてダリアは去っていった。村の入り口に差し掛かった時、一人の小太りの男に止められた。
「見慣れない顔だな。旅人か?」ソルトは「ええ」とそう返事をするも、さっきのダリアの様子が気になって仕方がない。あの頼りない足取りと、冷たい小さな手の感触が忘れられない。
男は、「俺の名前はダン。この村の大工をしているんだ」軽い挨拶を済ませ、ソルトは自分も名乗った。男は旅人だと知ると、「なら、ダリアを知らないんだな」とニヤニヤしながら黄色い歯を出して唇を上げた。
「―ダリア…?」ソルトは、その名をかみ締めた。知らないも何もさっき会ってきた。
どうにもこの男の口ぶりからして、ダリアは村で有名なようだ。
あえてダリアに会ってきた事は言わず黙っていると、なんとも得意げに言葉を紡いだ。
「ああ、生まれながら不幸を持った子供さ。町外れで暮らしている。近づかない方が身のためさ」
ソルトはその言葉に目を細めた。不幸を背負った子…
「それはどういう事なの」ダンはそれを聞くと面白おかしく、[ああ、いいさ教えてやるよ」と6年前に起きたことを話した。


その頃ダリアは擦り切れた手に薪をいっぱい持ちながら森の中を歩いていた。
そして今日出会った不思議な人を思い出していた。赤髪の人、そして一匹の狼を連れてた。薪を抱えながら、細く豆だらけの手のひらを見て、あの温かいぬくもり擦っては必死に思い出そうとした。ちゅんちゅんと鳴る鳥の囀り、あたたかい光。ころん、と薪が1つ腕からこぼれた。
そこで拾い上げようとした時、こつんと硬い石がダリアの肩に当たった。
小さな石。ダリアは一気に体が緊張に固まった。震えてきた手。無意識にもダリアはその石が何なのかがわかった。体を屈め、石が飛んできた方向を見れば、そこに年が同じくらいの男の子がいた。
その子はダリアの存在に、自身の鼻をつまんで「こっちを見るな」と石をまた投げた。
今度は一回り大きく、鋭い石が後頭部に当たった。
いつだって気づいたら、みんな僕を見て石を投げてきた。理由がわからなかった。僕を育ててくれたおじさんは首を振ってただ頭を撫でるだけ。
だから今日会った女の人が僕を見て逃げ出さなかったことが、とても不思議だった。そしてそれどころか、僕の手を引いて「ありがとう」まで言った。ダリアは頬に伝ったものを拭いながら、ずっとその手のひらを覗き込んだ。

町外れの小屋。ダリアに友達はいない。
細々と生活「不幸のダリア」いつもそう呼ばれ少年の世界はずっと狭いままだ。


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