遊牧民の子供は山羊から乳を搾り、空いた時間があれば兄弟達と遊ぶ。どこまでも広がる草原を駆け抜け、水場を見つけた。冷たい水に手を濡らして遊んでいた時、前かがみになっていた身体が、気を緩めたせいでか水場へと落ちそうになり、危ない、と咄嗟に目を瞑った時、後ろからぐいっと引っ張られた。顔が反り返り空を仰ぐように見上げれば、そこに炎が見えた。いや、熱いわけではなく眩しいのだ。
「大丈夫?」その人はやんちゃそうな笑みを浮かべて僕の肩をポンポンと叩いた。水に落ちることもなく、地面にお尻ををくっつけた僕はきちんと振り返って。お礼を述べた。
そこには赤い髪を持つ女性だった。あ、と思いついたようにポンと手を叩いて、「ここの水は飲めるのかな」にこっとその人はまた笑った。


旅はすでにジェーン達との別れから3年という月日が経っていた。ソルトは18になり、あどけない少女の欠片は消えつつあった。髪は毎回切ってゆくのだが、足や体の体系はすらりと伸びて、その瞳はより魅力的になった。そんなソルトは遊牧民の少年を家の近くまで送ってあげれば、少年は、ありがとうと手を振ってくれた。ソルトも手を振ってさっき淹れた水筒を確認しながら、無造作に生えている草や葉を採取してその場を離れた。
草原をしばらく歩き、高台の方を見れば、黒い影がこちらを見ている。形はよく見知った獣の、狼だ。ゆらゆらと尻尾を揺らしながら、その影は人型になり、私の姿を確認すれば向こうへ行った。きっとあっちに先生が待っている。多分私が帰ってきたことを告げにいったのだろうソルトは足を速めた。

すっかり、ソルトは師から受け継いだ知識や薬草の種類や見分け方を熟知した。
相変わらず他のまじないに進歩はないが、花や木に使う、『育てのまじない』はこれ以上ないほどの得意分野になった。女性として成長していくソルトだが、相変わらず破天荒な性格は直らない。困っている人がいればすぐに首をつっこむし、何かしら揉め事の運を持っている。
そんな18になったソルトに師はある課題を言い渡した。それは広いこの地域に咲き誇る花や草、7つの種類を集めて一つの薬に調合する、というもの
どれも見分け方や場所が難しく、あらかじめに効能や図解を渡して置いたが、専門家やある程度の知識や経験を持っていても難しいと呼ばれるものだ。あえて狼の付き添いも禁止させて、冒頭にソルトが独りで草原へと出かけていたのもそのせいでもある。
確信した草や花は持ち帰って、薬の調合をしたり実際に口にしたりして何度も繰り返した。7つからできる1つの薬は、調合しだいでは高級で有名な薬へと変なる。ソルトは額に汗を流しながらもその薬の調合に取り組んだ。
月明かりが窓から差し込む中、一人で薬を調合しては確かめる日々。細かく根気のいる作業である。草を秤で大きさやグラムをはかり、調合の順番や量も重要である。そんなソルトの背中を見ながら狼はいつも眠りについた。
一方のソルトの師も古典や古の調べに没頭しながら、いつも夜明けまで調合するソルトの様子をこっそり見に行った。期限は一週間。そして明日はその最終日である。




夜明け前、狼はぴくりと獣姿の身体を起こした。優しい音色がポロンポロンと響いている。すっかり覚えてしまっていた音色の元はソルトの師がよく安眠の為に流すハープの演奏だった。机に突っ伏したように眠るソルトの肩には毛布がかかっていてる。
そして机の上に転がっている団子状のもの。―どうやら完成したようだ。それを確認した狼は人型になると、つけっぱなしになっていたランプの火を消してやった。
ポロン、ポロン、せつなく響くハープの音色を聞きながら、これを置いた彼の元へ向かった。
キィとドアを開ければ、椅子に身体を預け本に読みふける青年。ソルトの師は分厚い本から目を逸らすことなくある言葉を言い放った。
「ソルトは君を好いて信頼している」
唐突なソルトの師の台詞に狼が表情を崩さず、方眉を上げた。何を言っているんだとばかりに顔を背けて「どういう意味だ」と答えた。だが、何を言いたいのかはわかっていた。
だが、見透かしようにいう言い方は相変わらず気に入らない。俺も馬鹿ではない。確かにソルトが自分を好いてくれていることはわかっている。だが所詮俺は狼。そしてソルトは人間。どちらにせよ、その先はない。愛してしまったらそこで終りだ。きっとソルトも 今だけだ。
―いや、だが、そうではない。
狼は影を落とすように、よりいっそう視線を床へと落とした。
あの女の傍に佇むのは俺ような奴ではない。俺のような奴ではない、者が傍に居るべきだ。

その様子を黙って見ていたソルトの師はゆっくりと言葉を紡いだ。きっとこの狼はまだわかってもいなくば、わかろうとしていないのかもしれない。
「一つだけ教えておく。魂は見つかる。あの子は君を見つけてくれるよ」
そのどこか意味深げな言葉は後にすべてを繋ぐ。


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