早朝。徹夜明けだったソルトは、うんと眩しい朝日に照らされ目を覚ました。
そして寝ぼけ眼で目を擦って、覚醒した途端、目の前で出来た課題の薬を摘み、さっそくとばかりに師の部屋へと駆けて行った。ばたんと部屋に入るなり、すでにそこには狼はいたので思わず目を見開きながら「あれ、早起きね」なんて言いながら、今だ本の整理やらをする師へと駆け寄った。
手のひらにある、一つの薬。そっと差し出した。
高鳴る心臓を抑えながら、手渡すと先生は出来た薬を少し削って口に含んだ。そして匂いや形状に、中身を確かめると、ゆっくりソルトへと向き合った。
「もう、いくつになった」
いきなりの問いかけだったので、ソルトは目をパチパチとさせたが、丁寧に指を折って年数を逆算して「18です」と答えた時、
先生は薬を置いてソルトをすっと見上げ、「独り立ちの年齢だ」といきなり別れを示唆した。あまりにも唐突すぎていまいち現状を把握できないソルトはさっきまでうきうきとしていた表情は一気になくなり小さな子供の顔になった。
「親は子離れ、子は親離れ、さ」師はそう言うとゆっくりと腰掛けていた体を起こして、ソルトの頭を久しぶりに撫でた。ソルトは呆然としてその状況が飲み込めなかった。

まるで雷に打たれたかのように停止して、しばらくすると顔をふるふると小刻みに振って
「…そんなっ」ソルトは混乱したように師に飛びついて、「私はまだ、まじないを上手く使えてないし、まだ、まだ…」先生のローブを握って必死に揺らしながら反論した。
そうだ。まだまだ私は、一人前ではない。だが、先生はそんな取り乱すソルトとは正反対に、いつもの落ちついた声でソルトの肩に手を置いて、ゆっくりと距離を取らせ、その揺れる瞳を覗いた。
「まじない師でやってくいく必要はない。教えてきた知識と薬草作りは、もうお手の物だろう」師はそう言って、ソルトが作った団子状の薬を机から取って、ソルト自身の手のひらにそっと置いた。
「もう十分だ」その囁きは、優しくも残酷だった。手のひらに置かれた薬をぎゅっと握りながらソルトは唇をかみ締めて顔を俯けた。ずっと一緒にいた、だからこそわかる。師はもう決めたのだ。私を旅に連れて行かないと。つれて行けないと。
完成させてしまった薬が今は憎らしく、拳の中で潰れた。そしてその、あの時よりは大きくしっかりしたソルトの肩は小刻みに揺れた。
師はそんな様子に目をくれずに、横で傍観したいた狼へと目線を動かした。「お前はソルトに着いて行くんだろう。頼んだよ」それだけ言うと、最後にたった一度、ソルトの頭をひと撫でして部屋を出て行った。ソルトの体は岩のように硬直して、師が外へと出たドアの音が鳴った瞬間、慌てて追いかけた。
「先生、」そう言ってドアを開けたが、もう先生はいなかった。途端にソルトの瞳から涙がぼろりの流れ落ちた。足の力がなくなり、膝が折れて床へペタンとお尻をくっつけた。
頬に涙が伝って、鼻が詰まる。ソルトは両手で顔を覆って号泣した。
あまりにもあっけない別れだったが、先生らしくもあった。



その頃、師はすでに遠くでソルト達がいる宿の方へと目を向けて、そのままその場から立ち去った。今頃ソルトは泣いてるだろう。だが、それを宥めるのはもう自身の役目でもない。もう頃合なのだ。瞼の裏にいつだって思い浮かびあがる小さなソルト。あの時だって唐突であった。…別れも、いつだって不本意にやってくる。だが、大丈夫だ。
(魂は必ず廻りあう。しかし次に廻り合った時、自身が彼女の味方として会えるかは、また別の物語だ)輪廻は記憶を持たない。魂だけを胸に、人は生まれ変わる。
ソルトと共に、また彼の事も思い出した。漆黒の瞳。孤独はもう、ないはずだ。
だが、それでも彷徨うだろう。



そのまじない師は、各地の研究だけでは及ばず多くの文化的遺産の発見共に、存続へと力を入れた。その膨大な知識と聡明さは高く評価され、人々は尊敬の意を込めて「高名なる呪(まじな)い師」と呼んだ。彼はその後も転々と旅を続けるが、その消息さえもひっそりと消えてゆく。後に(名もなき呪(まじな)い師)の一人として。数々の論文を残した。
そしてこの別れがさらに物語を加速させることになる。






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