あの後、ジェーン達に見送られながら宿へ帰った。ソルトはしきりにジェーンが言った言葉を呟きながら考えこんだ。(かおり りょう)果てしなく遠いどこかで吹き込まれるような芽吹きを感じた。空は紺色へと移行し、村の夜空は多くの星に占領されていた。
そんなソルトは考えこむようにその夜空を見上げ、先に歩く狼をぼんやりと見た。
足音が止まったと気付いた狼は振り向き様にしゅるとりと体の周りが漆黒の布ではためくのと同時に背丈が同じくらいの少年になった。
「どうした」とソルトを見て言えば、ぼうっとしていたソルトは首を振って頷きその横へ来て、彼のローブをぎゅっと握った。その行動に眉をぴくりと動かした狼少年は黙ったまま何も言わなかった。

そして宿についた時、先生は温かいスープを用意してくれていた。ソルトはその光景を見て、目を細め嬉しそうに「ただいま」と言った。おかえり、その返事と共にソルトは狼と一緒に中へ入った。
そして今日モービル団であったことを事細かに話して、ジェーンの癖についても先生に話した。「でもまじない師とは関係のないみたいで」そう続けた時、先生が作業していた手を一瞬止めて「今度は彼女がいない時に聞いてみるといい。呪(まじな)いは一定の条件を得ていないと使えない。誰もが使えるわけでもない力。呪い師によってその力は様々にあり、高度も内容も違う。その呪い師となる入り口として、順序良く進んでいる者はあるビジョンを見る事が出来るようになる。それには個人差が様々にあり、見ているものは人によって違う。呪いを学んでゆく過程で見るそのビジョンは序章であり重要だ。しかし呪いを学んでいなくてもその序章に立つ事が出来る人間がいる」
「……」「強い呪(まじな)いの力を持った血縁者いる事だ」「血…」
「血は呪いの要でもある。とても強く、絆として不本意に受け継いでしまう時がある」
だが咄嗟にユーリから言われた言葉を思い出し、ソルトは「でも血縁者にいないって言って―」と言葉を続けようとしたが、その前に狼が呆れたようにこちらを見ていた。思わず(なによ)とその視線に反抗して睨み返せば、先生は「ソルト、人にはそれぞれに事情があるものだよ」そう言って完成した薬をビンに詰めた。
ランプの光を見つめながらソルトはこくりと頷いた。



翌日、ソルトはまたジェーンの元へ行き色んな話しをした。モービル団のこと。そしてまたこの村で眠る遺跡やソルトが師にしているまじない師の事。その日は狼もついてきていなかったので、歳が近いからこそ分かち合える不安や将来をたくさん話しては歩きまわった。
ジェーンのはちみつ色の瞳は本当にきれいでかわいい。きっと女の子とはこんな風になるべきだと感じた。道端で薬草を見つけてはソルトが説明したり、花や動物、お互いが知らないことを共有し合えた。
「ソルトは目指す所があって旅をしているの?」
「私は先生に着いて行ってるだけ」
「なら一定にどこかへ『帰る』って言うのはないの」
帰る―?ソルトは一瞬ドキリとしたがすぐに答えた。
「…そうね、特にそれもないかな。私達はずっと旅をしていたから」
あっという間に日が暮れて夕方近くになった時、ジェーンがもう一度モービル団のテントに寄って行ってとソルトを促して案内した。ジェーンはテントに着くとすぐに旅で各地から得た地図やお土産をソルトに見せると「どれがいい?」と聞いて、好きなものを持っていってと良いよと渡してきた。変な形の石を見つけて触ろうとすれば、ジェーンは慌てて止めて「それは糞(ふん)よ」と可笑しそうに笑って紹介してくれた。
ソルトは「え、ほんと?」と目をパチパチさせてその物体を見た。二人はしばらくしてどっと笑った。
「団員が拾ってきて面白いから貰ったの」
「でも糞には見えない。何の動物の?」
「これは、確か―」
ソルト自身旅をして暮らしてきたが、まだまだ世界には多くの知らない場所がある。改めて実感した瞬間だった。それから今までに行った国や里に町。最近では青の国も。それを話せばジェーンは決まって、「素敵、私も行きたい。兄さんに言おうかな」と悪戯気に目を弓なりにさせるのだ。
そして一通り話し終えた時、ジェーンは「あ、そうだ。アレも持ってくる」立ち上がって奥へと行った。ソルトはそれを見送って、テントにあちこちとコラージュされている文様や美しい刺繍を見渡した。

その時、ユーリがジェーンの代わりに奥からやってきた。ソルトが挨拶する間にユーリは「気にしなくていい。ゆっくりしていってくれ」と大量のお菓子とミルクを用意してくた。さらりと落ちる黒い髪はまるで狼のようだ。
「…昨日、君が言っていた事―…まじない師の血縁がいれば、ジェーンのような幻覚を見ることがあるのか?」思わずはっとしたソルトは慌てて夕べ、先生が教えてくれた助言を思い出してすぐに答えた。かつて師が自身に教えてくれた事を。
「幻覚というより―垣間見るって事なんだそうです。まじないに関わる絆があれば起こり得ることなんで、これは先生からの受け売りなのですが、まじない師の見習いは必ずどこか時空を垣間見ることがあるそうです。現に私も時々見ます」
途端に思い出す、あの混雑した乗り物。人がいっぱいでそれは乗りもの。空を飛んでいる大きな白い乗り物。
瞼の裏でうっすらと霧がかったように見える光景を思い浮かべて言葉を続けた。
「私はジェーンのようにはっきりしたものではないけれど。例えばまじないに関わってない人でも、血縁にまじない師だった人、その人と絆があれば、それを受け継いで見える時期があるらしいです」
心あたりがあるのですか?と問えば少しの沈黙のあと、ユーリは少し俯いたように真剣な眼差しを床へ向けた。その躊躇う仕草と時間にソルトは目を瞬きさせて返事を待つと。
もう一度、ユーリはジェーンをちらりと様子を見てから、そっと口を開いた。
「ジェーンと俺に血の繋がりはない。当時4才だったジェーンは高熱を出して、次に目を覚めた時はもう記憶がなかった」
ソルトは目を大きく開いた。これが、先生の助言の意味―?ジェーンがいない所で聞けと言っていた意味なのだろうか。
そしてジェーンの血縁には確かにまじない師がいた。その血縁とは、彼女の母親。
だが、その人は不時の病で、瀕死の状態でジェーンをユーリの両親に託したのだという。
そうもなれば、ジェーンが見る夢のすべての辻褄がつく。
彼女が見る「夢」はきっと亡くなったお母様の影響だろう。それに、それほど強く鮮明な夢を見るのは、ジェーンの心奥底に眠る、お母様との絆。記憶にはなくても、繋がりはあるのだ。
「ジェーンは何も知らない」ユーリは目線をソルトを抜いた遠くの方を向いた。
そして、「これからも俺の妹だ。変わりはない」と呟いて(この話は聞かなかった事に)と目をじっとソルトへ向けた。ソルトはゆっくりと頷いた。
ユーリはジェーンを本当の妹として愛し、その行く先を見守り続けるだろうと。眩しく笑うジェーンは何も知らない。でも、きっと―…この答えはジェーン自身の物語だ。


「血縁者がいた場合でもこのまま、まじないに関わらなければ自然とその癖は消えるらしいです」そう答えれば、ユーリはどこかほっとしたように安息してそうかと微笑んだ。
黒い瞳が弓なりになって、髪が揺れた。

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