急速にそれは闇に飲み込まれ、頭の中がぼうっと揺れるように立ちくらみがした。
そして徐々にはっきりとしていく視界には仲のよさそうな兄妹ではなく、赤い髪の人(女性)だった。

ソルトは唇を「かおり」と動かし馴染みのないその名に疑問を浮かべた。
するとハッとした、はちみつ色の瞳を持った少女が焦ったように両手で口を押さえ、すぐに謝っまってきた。何度も言って、本当にごめんさいと少し涙目を浮かべていた。ソルトはすぐに気にしないでと少女に告げて安心させるように笑みを向けた。
しばらくしてようやく落ち着いたその子は「ごめんなさい。私の悪い癖なの…―その、私は、この村でモービル団の踊り子をしてるジェーンと言います。あの、もしかして旅人の方ですか」おどおどしたように少女、ではなくジェーンは尋ねて来たので、ソルトもすぐに名を名乗った。
「ええ、さっき着いたばかりなの。私はソルトで―その、癖?」
可笑しそうに言えばジェーンは頬を染めて恥ずかしそうに頭かいた。
「そう。兄さんにもよく言われるの。人前で変な事言わないようにって」
どうやら、ジェーンはとっても良い子のようだ。兄の話題を出していっそう恥ずかしそうにした姿はとっても愛らしかった。しかも彼女は村で話題のモービック団の一員。ソルトは目を輝かせてすぐに仲良くなった。年も近く、ジェーンはソルトより一つ下で、すっかり意気投合し、会話はよりいっそう弾んだ。
ちょうど先生も狼も今は別行動。ジェーンはソルトが今日、村についてと言う事で村を案内すると言ってくれた。この村の奥にある遺跡は行き止まりや、立ち入れない所が多くあるが、ジェーンは抜け道や秘密の小道を使って、普段入れないところまで案内してくれたのだ。
「一人旅なの?」「ううん。二人と一匹」「一匹?」
「ふふ」ソルトは少し思い出すように笑って「そう、おっきな狼だけど」と付け加えた。
ジェーンは羨ましがって、(会ってみたい)と興味津々に話を聞いてきた。
そしてたどり着いた先は蔓がたくさん地面に絡みつき、そこは人の手も及ばす何千年も前に滅びた都の瓦礫や遺跡に石版などもあった。思っていた以上に多くの遺跡があり、ソルトはあっけにとられた。
「随分昔はここが首都だったらしくて、いっぱい遺跡が残ってるんだって」ジェーンは足元を注意しながら、ソルトに半分埋まった石版を指差した。
ソルトは興味深げに近づいて石版の文字の羅列に指をすべらした。微かな凹凸と、すでに消えつつある文字あって、思わず読めるところを呟いた。そしてそれを聞いたジェーンが驚いたように声を上げた。
「すごい、石版の文字を読めるの」そのはちみつ色の瞳をよりいっそう輝かせ、尊敬をこめた目でソルトを見た。
思わず頬を染めたソルトは慌てて「先生の仕事を手伝ってたら、自然とね。それにたまたまよ。この文字は前に見たことがあるから」と答えた。
ジェーンはそれでもすごい、と言って石版にかいてある物語の説明をしてくれた。
「私達は字を読むことは出来ないけど、代々石版の物語については村の一員である以上、必ず受け継がれるの。だいたい、どこの石版に何が書かれてあるかはわかるわ。ほら、これは確か、シヴァの物語が彫られてる。シヴァは時と輪廻の神、非道でもあり慈悲深くもある。大切なものを引き換えに何かを与える神。他の遺跡にも出てくるし、宗教によっては様々に変わるのよ。ほら、他にも全能の神や、嵐の神、」
ジェーンはあちこちに眠る遺跡に指を差しながら教えてくれた。代々引き継がれて伝えられたものにしては詳しく、こんな普通の少女でこの知識ならば学者も驚くだろう。
そして言葉の節々にも伝わるジェーンの想いにソルトは驚かされた。興味を持って覚えたのだろう。わかりやすく、どれも丁寧で気持ちが篭っている。ソルトはふむふむと聞き入りながら一緒に石版を読もうと二人で熱中して話しこんだ。
きっと今先生がいれば、ジェーンを興味深げに見て、「ソルトも見習った方良い」なんて言われたかもしれない。―いや、むしろ先生よりあいつが言うかもね…。ソルトは脳裏に浮かんだ、あの狼の意地悪そうな笑みを思い出し、肩を竦めた。

そしてしばらくすれば話題は遺跡の話ではなくジェーンが入っている団。村の人達があんなにも嬉しそうに話していたモービル団についてソルトは尋ねた。するとジェーンはほんの少し照れたように頬をかいて、「モービル団は私の兄さんが団長なの」
ソルトはびっくりして(すごい)と感嘆の言葉を述べた。ジェーンは少し満更でもなさそうに「私は2年前にやっと踊り子としてデビューして、今は故郷である此処に一旦帰省しているの」(まだ見習いなんだけどね)と、ジェーンは話すと思いついたように立ち上がった。
「明日、我が家のテントに招待します。ぜひ噂の狼さんも連れてきて」
ソルトはそれを聞くと目を輝かせて答えた。「もちろん」と。



その夜。先生が見つけた宿(テント)で一夜を迎えた。ソルトはさっそく今日出会った少女について話した。ジェーンと言う名で、モービル団の一員でしかも兄が団長という事。
「偶然にしてはすごいね」先生はそう言って相槌を打ち、招待されたと楽しげに話すソルトに「でも、明日は村の貯蔵庫に行かなくばらないんだ。すまないが狼と一緒に行ってくれないか」ソルトはほんの少し残念そうにしたが、すぐに隣で眠る狼の背中にポンっと手を置いて「大人しくしててよね」とその首に腕を回してぐりぐりと頬を寄せた。
どうやら何も言い返すつもりもないようだ。
(どうも最近ソルトに甘くなったな)とソルトの師はこっそり目を閉じたままの狼を盗み見た。
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