そして翌日、ソルトは張り切って待ち合わせ場所である村の中心にある彫刻が施された遺
跡の柱の前へ行った。ジェーンはそれよりも前に到着していたようで、すぐに合流できた。ジェーンは一緒に連れて来た大きな狼を見ると、「すてき!」とはしゃいだ。
そして案内されたジェーンの我が家でありモービル団の拠点にもなっている大きなテント。話によれば、他の団員もここで寝泊りしているのだという。テントの入り口で美しくこの村特有の刺繍をされた絨毯に見惚れがらきょろきょろしていると、ジェーンは(少し、待ってて)と言ってその場を離れた。
しばらくして出てきたジェーンは先ほどとは違う服装、いや衣装を着ていた。きっと踊り子の衣装なのだろう。あっという間の早業で薄化粧を施し、自分よりも年下にも関わらず、とってもかわいく愛らしく着こなしていた。
そして「兄さーん」と大きな声を上げた。すると奥から、一人の青年が現れた。黒の髪にその瞳は、少し人型の狼に似ていると思った。その人はこちらを見るとにこりと笑って、「俺はユーリ。ジェーンの兄で団長を務めてる」いっけんまじめそうな表情がゆっくり微笑んで優しさに満ちていた。
「ゆっくり見ていってくれ」と横で寄り添っていたジェーンの頭をポンと叩いた。当たり前のようされた仕草を、いつもの事のように受け入れているジェーンのユーリの空気感は兄妹が持つ特有の雰囲気だった。優しい。なんて、温かい。
ソルトはその光景に眩しそうに目を細めた。

ユーリは用事があるので、その場を離れ、ジェーンはテントのさい奥へとソルト達を案内した。テントはソルト達が泊まっていたテントよりも数倍、いや何倍も大きく、見た目と違って中はとっても広く天井が高い。奥へ進んでいく事にソルトは感激の声を漏らした。
赤い絨毯が引かれ、ステージのように円形の広い台がある。ジェーンはこと細かく説明しながら、そのステージへ上がった。ソルトを手招きして、狼も呼んだ。黒のステージその上は薄い透明に近い生地で光がそこから差し込んでいる。
「不思議…」ソルトはそこを見上げた。
「職人さんが代々張り替えてくれるの」ジェーンはそう零して、狼をぐしぐしと撫でて来た。あまりにも自然とやってきたので不意打ち突かれた狼は本当にただの狼のようにされるがままだった。上目使いに狼がジェーンを見て、それに気付いたジェーンは
「ふふ、あなたの瞳は人間みたいね、」と呟いた。その時上目遣いにこちらを見ていた瞳がつやつやと一瞬光を灯したように見えた。その途端、狼の頭に置いていたジェーンの手がだらんと下がり、狼から体を離した。ゆっくりとした動作だったが、彼女は狼の前に立ち、まるでその姿をゆっくり見定めするようにただじっと魅入っていた。
「ジェーン?」ソルトはまるで初めてあった頃のように、呆然と立ち尽くすジェーンを怪奇そうに見つめた。

そこには男性が居た。髪も瞳も黒く、端整な顔立ちだ。彼はそこに座って、何かを口元へ運んで飲んでいる。湯気が出て、その雰囲気は落ち着いた、そして温かいものに思えた。
時々顔を緩めながら色んな表情をしている。でも、しばらくして彼は何かを思考しているのか、その横顔は少し強ばったように目を細めた。机を挟んだ前には髪の長い女性いた。彼女は時々何かを言っては手元を忙しそうに動かしている。そこでカランと音が鳴った。妙に涼しげで耳にしっくり来る音。そこから見える風景はとても、とても―
風が通り抜け、誰かがその場に加わった。そして落ち着いた声でその場にいた誰かに声を掛けた。
「おまたせ りょう」




ジェーンは両手で自身の耳を押さえるような仕草すると、狼にそっと呟いた。
「りょう」と。はちみつ色の瞳に光はない。それはまるでトランス状態であった。一方の狼は腰をピンと伸ばして耳を立て、くすぐったそうに動かしていた。獣姿だからどういう表情なのかはわからない。「ジェーン…?」ソルトはもう一度声に出した。
それでも彼女の瞳に光はなく、まるで魂がどこかへ行ったかのように立ち尽くしていた。その時、「ジェーン!」そこには、ユーリがいた。いつの間に駆けつけたのかユーリは息を乱しながらジェーンの横へ来ると腕を回し横からトンっと叩いて、ジェーンの瞳の前で指をパチンと鳴らした。はちみつ色の瞳に光がまた宿った。「あ、」と目をぱちぱちしている。それを見たユーリは、ふうとため息を零して「またか、ジェーン…」とその頭をくしゃくしゃに撫で回した。ジェーンの行動はまさに、出会った時の様子とまるきり同じだった。
(ジェ―ンは確か、「癖」と言っていたけれど)
その時、そう言えばとソルトは思い当たる節を見つけた。ソルトも謙虚に見る夢。
こことはまったく違った風景や違う秩序の町。時々夢がトランス状態のようになる時がある。これは、まじない師によくあるという症状。
「ジェーンはまじないとかに関わってる?例えば、まじないの言葉を知ってるとか…ご両親がまじない師だとか」ソルトが尋ねると、ジェーンは首を振り、答えを出す前にユーリが遮った。
「いや、父さんも母さんもまじない師ではなかった。なんせ俺達のは代々モービル団を営んでいるから―まじない師と、これが何か関係あるのかい」とユーリはソルトを見た。
「そっか…」ソルトは(なんでもない)とばかりに首を振った。そして今だ少しぼうっとしているジェーンを気遣った。
その後、調子を戻したジェーンは団員を呼んでリハーサルを見してくれた。
火を吐く奇術師や、猛獣使い。綺麗な粉を吹きながら奇妙な芸をしたりしているが、ソルトはそれよりもさっきのジェーンの様子が気になって仕方がなかった。
かおり、 りょう
あの後、ジェーンはまた初めて会った時のように謝った。「またあの癖が出ちゃった」と言って申し訳なさそうに。話を詳しく聞けば、これはジェーンが小さい時からよくあった事なのだという。ほんの時々、意識が飛んで夢を見ると―ソルトはその話を聞きながら相槌を打つが、原因はわからない。それにしても、不思議だ。
ジェーンの落ち着いた声や雰囲気から、なんだかあれはまるで確信したようなものだった。ソルトが見る夢のようにぼやけた、曖昧なものというわけでもなさそうだ。
(かおり)それは私のことなのだろうか。―ソルト―名もないの私にとってそれはとても新鮮で不思議な言葉だった。






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