100年前に、一人の呪(まじな)い師がいた。
まだ国々は荒れ、戦争を引き起こしていた時代。彼は戦火に巻き込まれ、その力を戦争に使わされることになった。だが結局、すべてが終われば、男は元凶だとして罪を背負うことになる。人々を殺したことも事実、各国の連盟は男の真(まこと)の名を取り上げた。それを失った時、運命は狂わされてゆく。男はその姿を消す時、国王や人々にこう言った。
「もういい。俺は独りでいい」その後誰も、その姿を見ていないという。
そう言い終わった時、ソルトは毛布にもぐりこみながら目を濡らしていた。
「その人は死んだの」「さあ、わからない。後はソルトが想像してごらん」
手に持っていた太い本を閉じて、ソルトの毛布を首元まであげた。
それはソルトが拾われて1年目の時に話してくれた物語だった。



ソルトは溢れんばかりにある花々に感動した。そして広大な野原に飛び込んだ。まぶしそうにソルトは見つめて、遠くにいる師と狼に手を振った。此処は旅の途中で見つけた広大な花畑。これほどの花が咲き乱れているということは、地下に水が通っているのだろう。ソルトの周りの花はより活き活きと咲き乱れ、香りを強くはなっている。そんな彼女は手元に落ちている花を拾い上げ、ふっと息をかければ、たちまち蕾だった花は開花し、咲き乱れた。はそれあエヴァンの時も種の発芽させる時に使ったものと同じだった。あの時、あの種は死んでいたが、ソルトは一から植物の命を吹き込んだ。ただの、植物を育てるまじないではない。
狼少年が目を細めた瞬間、それを横目にしていた師はゆっくりと言葉を紡いだ。
「ソルトは命を与えることが出来る」途端に瞼の裏には凍えるように体を縮ま込ませている小さなソルトが思い浮かんだ。
ソルトは9歳の時、町のはずれで捨てられていた。しんしんと雪がちらつく中、少女の体は痩せ細り、寒さに身を寄せていた。それを見た1人の青年は少女の目の前で腰を下ろした。
すると少女はか細い声で「私はソルト。 あなたは」と尋ねてきた。しっかりした声だった。とてもまだ幼い子が発するものとは思えなかった。私はそれに答えた。
「まじない師は名前を持たないのが当たり前なんだよ。真(まこと)の名は時に、弱点になるから秘密なんだ」そう言えば、どこか不思議そうにぽかんと私を見上げていた。
【ソルト】それは昔の文献で知っていた。ソルトの意味は、―名もない私―彼女自身の真の名ではない。
「ソルト…君は名が欲しいかい」優しく問うと、少女は首を振った。
「ううん、いらない。母さんから唯一貰ったものなの」
年端のいかない少女はすでにその意味を知っているようだった。少女の赤い髪は薄汚れ、ぼろぼろで頬も汚れている。わき腹はきっと浮き出ているだろう。体は極端に細く、衰弱しているように思えた。
「両親を恨むかい?」
「ううん。売られたわけじゃないもの」少女は、ソルトは笑った。
「つくて来るかい」そう言って立つと、ソルトは目をまん丸に開けて、本当?と目を輝かせた。
そして「行く、ついて行く。どこまでも」そう言って立ち上がった。
あの子は特別な力を持っていた。それを知った両親は気味悪がって捨てた。ソルトには言っていない。それはあの子に出会う前に寄った町で知った事実なのだから。

そしてソルトは植物を育てるまじないが得意なのではない。命を与えることが、生まれ持って出来た。特性というべきか…だが、ソルトはそれを知らない。
あくまでもソルトには、植物だけに通じる「育てのまじない」だと教えた。何故なら、もしそれを言いふらせばどこぞの奴に狙われるかわからないからだ。
それに、それを【人】にやろうものなら、すでにそれは自然界の理を超えたもの。人は神ではない。
だが人は必ずその道に意味を持っている。ソルトがその力を持ったのは何かの運命か、または偶然の賜物なのか…何を意味しているかは、誰にもわからない。

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