その日、先生はまじないの遺跡調査で隣町近くまで出かけることになった。その留守の間は7つの薬草を探すように言付けられた。いつもならば狼も付いてくるが、朝から顔を見せずどこか出かけているようだった。狼が旅路へ加わって以降、あまり1人になることはなかったのだがとりあえず薬草探しに町へ出た。だがその日に限って運が悪かった。少し町を歩けば特に何もない段差に躓いてこけたり、市場で瓶を倒してしまったり。大勢の人とすれ違った所で気づけば銀貨をすられていたり。すっかり自分の情けなさに落ち込んだソルトは、先生にどう話そうか考えていた。そしてふらりと入った通りが、いけなかった。
薄暗く、薄汚れたローブを被っている人が多く、ひそひそと話しこんでいては、こちらをチラチラ見ている人もいる。極力目を合わせないように早歩きで行く。
そんな時、ぐいっといきなり後ろから引っ張られた。振り返ると、そこには老いぼれたお婆さんがソルトの腕を強い力で握っていた。思っていた以上の怪力に、腕が締め付けられた。
「お嬢ちゃん。迷ったのかい?」
お婆さんは金歯ちらつかせながら、ソルトの腕を引っ張り歩いた。「放し「おい、かわいいなあ」そこには男達が群がっていた。



気づけば、細く暗い路地に連れて行かれ、肩を地面に押さえられていた。
いつものようにハンマー出すや否や、思っていた以上に自分の体を恐怖に犯されていた。
「離せ……!」爪をだしてひっかくようにしたいけど上手く出来ず、手首を押さえられた。声を出そうとしたら右頬を強く殴られた。痛い鈍痛に唇と歯から血が滲んでいた。くらくらする意識の中でソルトの太ももを男が持って左右へと広げた。それは確かな危険信号がソルトの頭の中でサイレンのように響いていた。これは本能として、まだ未完成な女として心が悲鳴を上げていた。首筋にあたる、生暖かい吐息に唇をかみ締めた。涙が止まらず首を振って、助けを求めるも、声は掠れて出なかった。
その時、人が倒れた音がして悲鳴が聞こえた。
「どして、」
そこにはよく見慣れた人物。彼は男達をあっという間に追い払った後、床の上で呆然としているソルトへ振り向いた。それは青年姿の狼―
彼はどこ吹く風とばかりに、答えた。 
「匂いがした」と何でもないように言って、ソルトの方へしゃがんでそのおでこを小突いた。もちろん、なんでソルトが町を徘徊していたのはわかっていた。その手から落ちた薬草の花が地面に散らばって「おつかい中」だという事はお見通しだ。
するとソルトの目はみるみる赤く、潤み始め、ぼろりと大きな涙が頬に伝っていた。
髪はぐしゃぐしゃで胸元はだらしなく開いて、こみ上げてくるものを押さえることは出来なかった。気づけば、まるでほんの小さな子供のように泣いていた。安心と恐怖と、ソルトはもうわけがわからなくなっていた。
かつてこれ程泣いた事があるだろうか。大きな声を上げて、狼のローブをぐいっと握った。それを見た狼は、何も言わずにソルトをおんぶし、倒れている男達を無視して歩いていった。
ソルトは嗚咽をしながら「先生には言わないで」としきりに何度も呟いた。
返事の変わりに揺すってやれば、ソルトは鼻水をすってより頬を背中に押し当ててきた。
「今度は男に間違われなかったんだな」
「……ばか」ソルトがぐすっと鼻をもう一度すすれば慌てたように揺すってまるで赤ん坊にでもなった気分だ。
それはまるで母さんみたいだと思ったけど言わなかった。そんなこと言ったら振り落とされるかもしれない。ただその背にすっかり腫れぼったくなった顔を隠した。
彼は所詮、獣。人間ではない。だけど―…。ソルトはただその背中に顔をうずくめた。






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