06
改めて2人きりなり、私は先程話したダ・ヴィンチちゃんとロマニの言葉を思い出していた。
『偶然生き残った一頭のキメラが、』
『人間に対する憎悪と、たった独り取り残された孤独が、』
『余程、宿主の願望が強かったのであろう。』
『それは私が“聖杯”だったから、』
『“引き寄せられた”のでは無く、“取り込まれた”』
それだけ聞けば充分だった。
其処で私は気付いてしまった。あの複合獣は、
あの獣は、懸命に生きようとしていた事に。
ダ・ヴィンチちゃんの話によると、放って置けば直ぐにでも消えてしまう程の特異点だったらしい。
だが、私達は勝手に彼の領域に押し入り、荒らし、もしかしたら彼の迎える筈だった平穏な最期を乱してしまったのだとしたら…?
ロマニやダ・ヴィンチちゃんの『今は少しでも資源が欲しいから出来れば聖杯を獲得したい』と言う気持ちも、『直ぐに消えて無くなるモノだったとしても、“其処に点在した事”によって何かしらの影響が人理に出たらどうする?』と言う意見も分かる。
分かるのだが、どうしても私にはその気持ちが、その疑念が拭い切れなかった。
その事に気が付いてしまってからは、罪悪感が私を支配した。
これで本当に良かったのか、我々はただ荒らしただけでは無いのか、ただの正義感に駆られて私はとんでもない事をしてしまったのでは無いのか、と。
幸いにもグダ男とマシュが、その事に気付いて居なかったのがせめてもの救いだと思った。
彼等がこの事実に気付き、もしも己の行った行為に疑問を抱き、傷付いてしまったら、それこそ取り返しの付かない事では無いか。
彼等はまだ、この真実を知るには幼過ぎる。
もしもこの先彼等が“望まれぬ”争いをし、民衆に後ろ指を刺される様な事があったとしても、ソレは“今”では無い。
“今”はただ真っ直ぐ前だけを見詰め、ガムシャラに突き進み、その無垢な瞳で、輝ける思想で、目の前の困難に立ち向かって欲しい。
後ろを振り返るのも、死者に花を手向けるのも、過去を悲観するのも、それらは全て“私”の役目だ。
「ーーーーおい。」
「ーーーっ、んぐっ?!」
一人考えに耽っていたら、横から現れたオルタの手によって鼻先を摘まれ、一気に現実へと引き戻された。
「な、なにす…っ」
彼の顔を見て一瞬で悟った。
嗚呼、此処にも独り、あの複合獣の想いに気付いて居た人物が居たのだと。良く考えれば分かる事だ。だって彼は直にあの獣と槍を、死線を、殺気を、交えて戦ったのだ。
“時として戦場の切っ先は、口よりも多弁になる”と聞いた事がある。あの複合獣の中身(深層心理)を直に観た私よりも、オルタの方が何か通じ得る物を得たのかもしれない。
そう思ったら反論なんて出来なかった。
彼には彼の思う所が有るからこそ、私を止めてくれたのだ。……止めて、くれた…?
己の感情の筈なのに、何故か小さな疑問を抱いた。なんだろう。このモヤモヤは??
「……オルタは、さっきの話、どう思った?」
隣に立ったオルタの顔を見上げる。
正直の所、話す内容なんてどうでも良かった。
ただ何故か無性に彼の声が聴きたくなったのだ。
見上げた私の顔を何か言いたそうに上から見詰められる。訳が分からず見つめ返していると、不意に視線を外され「さあな…」とだけ言われた。
何とも呆気ない返答になんて返えせば良いのか分からず、「…そっ、か」と短い言葉と曖昧に引き釣った笑いだけを返した。
軽い沈黙が2人の間に流れる。
オルタが何か言いたそうにしているのは何と無く雰囲気で分かるのだが、その中身が分からない以上こちらから切り出す事も出来ずにいた。
ボーッと外された視線をそのままに彼の動向を見送る。私はその行為に特に理由等無かったのだが、オルタがひとつ大きな息を吐くと、ヌッと彼の大きな掌が眼前に伸びて来て、私の視界を覆う様にガシガシと乱暴に前髪を掻き混ぜられた。
「ちょ…っ、やめーーーっ!?」
「…ひとつだけ言ってやるが、」
いきなりの行為に驚き、止めさせる様に彼の手首を必死に掴むが、私の力なんかで彼が止まる訳が無い。
そして彼の声音に、私は否が応にも動きを止めた。先程外された視線がまた、合う。
「奴と俺は違う。その在り方も、由縁も、思想も、生き様も、何もかもが奴とは別だ。それにーーー」
乱暴に掻き混ぜていた掌が、急に優しくなる。
「ーーー俺にはお前- マスター -が居る。」
「……そっか。」
その言葉を聞いて何故か無性に泣きたくなった。
密かに緩んだ涙腺と頬を隠す様に、隣に立った彼に頭を預ける。何も言わずに受け止め、肩を抱いてくれる彼に更に涙が溢れる。
その優しさに私は、もう何も言わずに目を閉じた。
自分の中で何かが緩く解けていった気がした。
その後、順調に体力も回復し傷も治った頃、ロマニに経過観察の診断されて居る時に、「実はそこまで深刻な問題じゃ無さそうだったから今まで敢えて伏せたいたけれど…」と前置きをされ、「君はあの複合獣から“無意識化の軽い精神汚染を受けていた形跡”があるんだ」と知らされた。
そこで漸く私は、彼の“中身”を見たが故に、無意識の内に彼の心理に同調し、同情過ぎてしまっていたのだと後から気が付いた。そしてそれが聖杯故の泥-精神汚染-だったのだと言う事も。
多分、私はオルタに指摘されなければ、一生あの獣に囚われ続けて居た事だろう。
彼にはいつも救われたばかりだ。
最近はそれをヒシヒシと感じる。
私は何か彼に返えせて居るだろうか?
独り佇む獣の王よ
その在り方を今問おう
汝は幸せなりや?
『ーーー俺にはお前- マスター -が居る。』
その言葉を、私は信じても良いだろうか?
どうか貴方が幸せで在れと、
どうか貴方が孤独で無かれと、
私はいつ何時迄も願い続けている。
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あとがき
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