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 安堵のため息をひとつ吐くと、思ったより悪い方へ騒ぎはせずすぐに状況を理解してくれた雷蔵は、案外、突然のことに取り乱していた私より肝が座っているのかもしれない。


「なんだか西洋の魔術のようだね」

 正座をし、私に化粧を施されている雷蔵が目をつむったままぽつりと言う。


「魔術とは何だい?」

「摩訶不思議なことを仕掛けもなくやってのけてしまう呪文や念のこと。西洋ではそう呼ぶんだって」

「仕掛けもなく?」

「うん。まじない1つで体が宙に浮いたり、火のない所に火を出したり」


 楽しそうに話している雷蔵は、確か空想科学小説を好んで読んでいる。良い意味で肝が座っているのだと思っていたが、娯楽小説を嗜んでいたからあまり動じていないのか…読むだけで耐性はつくものなのか些か疑わしいが、泣かれるよりは良いか。


「さ、終わったよ」

「ん、ありがとう」

 化粧道具を片付けながら忍び装束の眠る桐だんすを引き開ける。
 まこと奇天烈な事が起きた訳だが、学園は通常どおりの朝を迎えていて授業も当然ある。1日の始まりを伝える鐘楼の乾いた音が木戸の向こうから聞こえてきたので、一刻もしない内に空きっ腹に響く朝食の匂いが風に乗ってやってくるだろう。


「これからどうする?」

「とりあえず他言無用だ。頭の病気を疑われ学園を追い出されかねんよ」

 夢、ではない。
 私と雷蔵は入れ替わった。それも脳の神経部だけ。キチガイと呼ばれるには十分だろう。

(まぁ、私はそういうの慣れてるけど)

 雷蔵はあの悩み癖だ。
 風当たりの強いものに対して受け流せるとは思えない。鉢屋三郎の中身が雷蔵であるということが悟られぬように行動を示唆するよりは、気負わせず自由に過ごさせた方がいいだろう。現に今も三郎ライフを楽しまん限りである。

「ねぇ三郎、この声は誰だい?」
「喜三太、だな」
「せんぱ〜い、ごめんなさぁい」
「それ、伊作先輩の声だよ」

 あれ?と小首を傾げる雷蔵に笑ってしまいそうになったが、きっと怒るので小さく咳払い。その意図に気付かない彼は、自分が納得いく声ではないのだろう、照れ臭そうに「あー、あー…」と首に手をあて発声練習をしている。
 体が入れ替わるという一大事を前にして迷われるより大雑把に事を受け止めてもらっていた方が、私としても気が楽だが…

 優しく笑う姿は、不破雷蔵そのものだ。

「雷蔵、互いが互いになりきるより、君は雷蔵として、私は鉢屋三郎として過ごして問題ないかもしれないな」

「え、そう?わかったー」

 とにかく動き始めなければ事は為し得ない。脳が醒めてきた所で、膝の埃をはらって立ち上がり忍び装束に袖を通す。


(物理的概念や常識を破り有り得ない事実を現実化させる…魔術、か)
 人に備わってる内側の力で万物を操り為すなど、無理に決まっている。
 だが、まずは情報収集だな。



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