重なる願い


「う……うぅっ!」

 胸を鋭く締めつける痛みと強い恐怖とで、瞬は弾けるように目を覚ました。

「…はぁ…はぁ…」

 眠りながら泣いたのか、こめかみまで涙で濡れている。

 時々見る悪夢。

 何か黒いものに、闇の淵へ引きずり込まれる感覚。

 あの時と似ていて怖い。

 忘れたくても忘れられない、冷たく暗い死者の国での哀しい記憶。

 全身が粟立つような恐怖に震えが止まらない。

「に…い…さん…。兄…さん……」

 涙を拭い、フラフラと兄の部屋へ向かった。




 遠慮がちにノックすると、すぐに扉が開いて一輝が顔を出した。

「…兄さん…あの…」

 時計を確認してこなかったが、恐らく真夜中だろう。

 訪れてしまってから、兄の眠りを妨げたのでは…と不安が押し寄せ、俯いたまま黙り込む。

「入れ」

 何も聞かずに低く静かな声に促された。

 室内は一番暗く絞られたベッドサイドのライトだけが点いている。

 まるで瞬が来る事を知っていて、暗闇に怯えないよう準備されていたとでもいうように。

「怖い夢でも見たか?」

「え…どうして…」

 どうしてわかるのだろう?

「大丈夫だ。瞬」

 優しく笑うその顔を見るだけで、不安がみるみる薄れていく。

「兄さん…」

 一輝の服の裾を掴み、コツンと肩に額をくっつける。

「今夜はここで寝ろ」

「うん」

 ポンポンと背中を擦られ、まるで小さな子供をあやすような仕草をされたみたいで、恥ずかしいが…嬉しい。

 そんな風に感じたと知ったら、笑われてしまうかな?

 一緒にベッドに入り、ぎゅっと兄にしがみつく。

 大好きな兄さん。

 大好きな大好きな兄さん。

 肩を抱かれ、伝わる体温と小宇宙が温かい。

 それだけで安心出来る。

「落ち着いたか?」

 何も言わなくたって、何でもわかるんだね。

「うん…」

 さらりと髪を梳いてくれる感触が心地好い。

 このまま腕の中で眠りにつくのがもったいなく思えてしまう。

「兄さん」

「なんだ?」

「兄さんが僕の兄さんで良かった…」

「そうか」

 互いに小声で話していても、充分に聞こえる距離と静けさ。

「兄さんは? 手が掛かる僕が弟で、どう?」

「お前の兄が務まるのは俺だけだ。他の奴にこの座は譲れん」

 わかったような、わからないような。

 何度も髪を梳いてくれる優しい手が気持ち良くて、ふわふわと夢見心地になる。

 幼い頃、繋いだ手を離さないようにと必死に握った手。

「兄さん。手、握って…」

 大きくて、温かくて、大好きな大好きな手が、僕の手を包んでくれる。

 僕の願いはただひとつ。

 いつまでも、一緒にいてね…。


       ◆◇◆◇◆◇◆


(眠ったか…)

 穏やかな寝顔に甘い衝撃を覚えた。

 腕の中で静かに寝息を立てる愛しい弟を、強く抱き締めてしまわないように自制する。

 時折、瞬は眠りにありながらも僅かに小宇宙が震える。

 それを感じ取れるのは、この俺だけだろう。

 冥王に憑依された経験が心に怯えを残し、悪夢に悩まされているのか。

 その昔、地獄に堕ちた自分を救ってくれたのは瞬のひたむきな想いだった。

 今度は俺がお前を救う。

 握り締めた手に、そっと誓いのキスを落とす。

 以前、瞬を無防備だと嗜めた事もあった。

 だが一輝自身もまた、瞬の前では無防備な自分を晒け出しているのだと気付き、自嘲する。

 幼い頃より愛しく思っていた感情に、ある種の深みが増したのだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

 激しく心臓が脈打つ。

 いつも感じていたいと思う愛しい感触。

 無くした心に与えてくれた優しい温度。

 どんなに辛くても安らぎを感じる笑顔。

 決して諦めず何度も立ち上がれる勇気。

 愛を棄てた俺に、再び愛を教えてくれた愛しい弟。

 ──“愛してる”──

 俺の願いはただひとつ。

 いつまでも、一緒にいよう…。





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