秘密の場所で 二、三日留守にするから追ってこないようにとエドワードから言い付けられて、リンは憤慨した。 「二、三日っテ?その間俺の息子がどれほど寂しく虚しい思いをするか知ってるのエドワード!」 「煩いこの性欲過剰男!一人で抜いてろ!」 二日と置かずに襲い掛かってくるうえに、一度始まるとエドワードの出す物が尽きるまでしつこく責められるので、最近は慢性疲労気味だった。 毎年、夏のこの時期は母方の実家に墓参りを兼ねて数日帰省するのだが、今年はアルフォンスも両親も居ないので出発を渋っていたら、昨夜祖母から電話で「今年は来ないのかい?」とお伺いが入ってしまった。帰省は嫌ではないが、そこまで行く道程が億劫だった。 しかし田舎で一人暮らす祖母が孫に会うのを楽しみにしているのを知っているし、行ったら行ったで山の中でそれなりに楽しく遊べるし小遣いも稼げるので、「行く」と返答してしまった訳で。そして電話を切った後で、ストーカーの存在を思い出した訳で。 「田舎のばーちゃんちに行くだけだから、すぐ帰ってくるし」 行き先を言ってしまったのが悪かった。ストーカーは瞳を輝かせて「俺も行ク」と言い出した。 …本当は、リンがそう言い出すのを解っていて、そう言ってほしいと少しだけ期待もしていたのだけれど。 新幹線で二時間、鈍行で一時間、そこからバスでまた一時間程乗り継ぎ、祖母の家に到着したのは夕刻だった。 孫の到着を庭先で待っていた祖母が、一年振りに見る孫と隣の留学生を見比べて不憫そうな視線を送ってきたのを見て一瞬殺気立ったが、そう言えば去年アルフォンスと帰省した時も同じような目で見られていた。 エドワードだって緩やかではあるがちゃんと成長はしているのだし、ちょっと不安になるからそんな視線で見ないでほしい。 「久しぶり、ばーちゃん。こっち、電話で話した留学生ね」 「始めまして、リン・ヤオでス。ご厄介になりまス」 「遠い所よく来てくれたね。さあ、お風呂が沸いてるよ」 二人まとめて風呂に放り込まれ、悪戯に伸ばされるリンの魔手を叩き落しながら長旅の疲れを癒し湯船からあがれば、心尽くしの夕飯が二人を待っていた。 「苦手なものは無いかい?」 「美味しいでス」 「こいつ何でも食っちまうから。ばーちゃん、明日虫取り行くからおにぎり握ってくれる?」 「はいはい」 田舎の純和風家屋は、見た目よりずっと機能的に造られていて夏涼しく冬暖かい。夕食後、吹き抜ける夜風を浴びて夕涼みしながら、傍らには蚊取り線香。来るのは億劫だが、エドワードはこの家が好きだった。 「エドワード、虫取りっテ?」 食事の後、祖母の茶飲み話に付き合っていたリンが縁側にやって来てエドワードの隣に腰を下ろした。遠くから祖母に声を掛けられ火の始末を頼まれて、返事を返す。年寄りは床に就くのが早い。 「カブトムシとかクワガタ採りに行く。大物が採れれば高値で売れる」 「へェ〜」 「ホントは朝早くに行って狙わなきゃ採れないんだけど、ここは穴場があるから昼過ぎでも大物が狙えるんだ」 過疎の進んだ田舎で子供はあまり居ないからライバルのハンターも少ない。エドワードは毎年ここで昆虫を採集し持ち帰り、ペットショップに持ち込んでいい稼ぎを上げている。今年はアルフォンスも居ないのでエドワードの一人勝ちは確定だ。 「人魚淵って池の畔なんだけど、毎年大物が集まるんだよな〜」 「あ、さっきお婆ちゃんが昔話教えてくれたヨ。人魚の伝説があるんだってネ」 「ばーちゃんが子供の頃は湖くらい広かったらしいけど、今は埋まっちまって人魚が棲めるほど深くも広くもねえけどな」 エドワードも幼い頃何度か聴かされた昔話だ。昔この辺りを治めていた国の皇子と、湖に潜む水精の悲恋話。祖母は幼い頃、まだ広かった人魚淵で人魚を見た事があると言っていたが。 「居るかナ、人魚」 「居ても隠れられないくらい池が狭くなっちまってるって」 美しい人魚の姿を想像して淵に足を運んだ夢見がちな弟が絶望に打ちひしがれて泣き出すくらい、祖母の幼少の頃から半世紀以上経過した人魚淵は景観を損ねてしまった。子供心に環境破壊という言葉を学び、泣き止まない弟に「こんなに浅くちゃ潜ることもできないから、人魚はきっと陸に上がって人間になって幸せに暮らしたに違いない」と昔話の続きを捏造して聞かせた程に。 「だって、一番深い所でも子供のオレの腰くらいまでの深さしかなかったんだ」 「ふうン、じゃあ人魚も仕方なく陸に上がって人間になって暮らしたのかナァ」 昔エドワードが捏造した昔話と同じ結論を導き出したリンを、声を上げて笑ってやった。 ←text top |