甘ったるい匂いをさせた馬鹿でかいケーキ、嬉しげな女の笑顔、やわらかい祝いの声。
目を閉じれば鮮明に思い出せる光景に、失笑が漏れた。暇が多いと余計な過去に気をとられちまっていけねェ。

考えを振り払おうとしても、浮かんでくるのはおよそおれの“持ち物”としては相応しくない女の顔ばかり。低俗な商船の物置きで鎖に繋がれていたところを気まぐれに救ってやったあの女は、“クロコダイル失脚”のあと、一体どうしただろうか。


『ちょっと! ひとりで歩けるったら! 引っ張らないで!』

「?」


不意に響いた甲高い女の声に、檻の外へ目を向ける。


「…おいおい、何してやがる」


看守に腕を掴まれ半ば引きずられるように歩いて来たのは、今まさに頭をよぎっていた女だった。


『あ! クロコダイルさま!!』


女はおれと目が合うなり、どこにそんな力があったのか、看守を振り切って柵にしがみつき、おれの顔を覗くようにしゃがみ込んだ。
しばらくぶりに見ると言うのにその姿は以前とたいして変わりなく、むしろおれの傍に置いてやっていた頃より血色もよく思えた。


「“主人”の手を離れたあともずいぶんいい生活をしていたようだなァ?」

『ふふ、わかる? うんと甘やかしてもらったわ』

「クハハ…だがその運も尽きたらしい。監獄での再会とは洒落が利いてるぜ」

『運じゃなくて興味が尽きたのよ』

「ああ?」


女に振り払われて倒れ込んでいた看守どもが、華奢な腕を再び掴み上げる。
無理に立たされた女は顔をしかめて看守を睨めつけた。幼げに見えるその仕草は懐かしい。ずるずると向かいの牢へ引きずられながら、女はおれの目から目を逸らさなかった。


『クロコダイルさまがいない生活には飽きてしまったの』

「…それでここへ来たとでも?」

『そうよ。それから、あっ! 痛いっ!』


荒っぽく檻のなかへ放り込まれた女は猫が毛繕いをするように衣服や髪の乱れを整えて、じっとおれを見つめる。


『お誕生日おめでとう、クロコダイルさま』

「! クハハ…クハハハ! そうか! それで来やがったのか! クハハ!」

『ケーキはないけど許してね』

「あァ…構わねェよ」


あの頃のように手元におまえがある。それで十分満たされる、だなんて。口が裂けても言えやしねェが。
向かいから送られる穏やかな視線に悪い気がしないのは事実だった。


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HappyBirthday Crocodile !
2019.9.5

遅れてごめんね社長…!


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