コートに崩れた鉄平くんを見た瞬間、頭のなかが真っ白になった。
放心して駆け寄ることも呼びかけることもできない私の耳には、不敵に笑う幼なじみの声だけが響く。

“逃げられると思うな”

そうだよ、都合よく忘れていただけ。
あの子から逃げられたことなんて、なかったじゃないか。



伊月くんたちもリコちゃんも日向くんも帰って行ったあとも、私は病室の前で立ち尽くしていた。ドアの向こうからは鉄平くんのすすり泣く声が漏れ聞こえていた。
ごめんなさい。大好きなあなたには、こんな思いさせたくなかったのに。

大好きな彼に、大したことないよと嘘を吐かせてしまった。
大好きな彼が、せっかく隠した事実を盗み聞いてしまった。
大好きな彼を、手段を問わないあの子の標的にしてしまった。

ごめんね、ごめんね鉄平くん。大好きだよ。ごめんね。
短い間だったけど楽しい時間をありがとう。あなたのこと忘れないよ。

別れの挨拶もできないまま、私は病室のドアをそっと撫でて病院を出た。
ポケットのなかのスマートフォンが、タイミングを計ったかのように震えるのを感じながら。


『もしもし、真…?』


あとは泣くだけさ
title by 愛執


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