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Eimyさま提出作品。
任務の書類を手に部屋へ入ると、名前は陽の差し込む窓辺に佇んでいた。
またか、とわずかに目を細めて華奢な背中に歩み寄れば、窓ガラスに映り込んだおれを見とめた名前が振り向く。その顔はひどく青褪めていた。
「また灰になりてェのか、おまえは」
名前越しに手を伸ばしてカーテンを閉め、暖かな陽の光を遮る。
青白い顔とは対照的な赤い目で不満げにカーテンを見たあと、名前はもう、と短く息を吐いた。
『私は“サード”だからそう簡単に灰にはならないって言ったでしょ』
「三日前に指を灰にして落とした奴が何を言ってやがる」
非難がましい表情の名前の薄い肩をソファのほうへ軽く押す。するとどうだ、不意のこととは言え、名前は足をふらつかせおれの腕に寄りかかる始末。
今度はおれが短い息を吐くと、バツが悪そうに大人しくソファに収まった。おれも向かいのソファに腰かけ、テーブルのうえに書類を投げる。
『あのまま灰にしてくれたらよかったのに』
肘掛けを枕にして寝転がった名前が恨めしそうにこちらを見やった。
三日前、自分の指が落ちたと言うのに、名前がどこか安堵した表情を浮かべたのを思い出す。
「…戦うのが嫌なら、そう言え」
詳しい生態は知らないが、名前は“吸血族”とか言うほぼ不老不死の種族の血を引いた混血児らしい。母親がハーフで、こいつはクォーター。つまりサード、第三世代。
おれが知っているのは、この、ともすればませたガキにしか見えない女が、太陽の光を浴びすぎると灰になると言うことと、人間の血を飲めば傷も治るし死んでも生き返ると言うことくらいだ。
「“上”になら、おれがいくらでも掛け合ってやる」
『…スモーカーさんはやさしいね。でも私、別に戦うことは嫌いじゃないんだよ』
「だったらなぜ、」
なぜ、灰になりたいなんて。
死を、望むような言葉なんて。
言いかけて、口を噤む。その答えはわかりきっていた。
腹のうえで手を組み、静かに目を閉じて、穏やかな顔をした名前。
その姿は荼毘に付される前の亡骸にも、やわらかな微睡みに落ちる前の少女にも見えた。
『戦ったら、傷ができて、痛いでしょ。それを癒したくて、血を、欲しがるでしょ。それを飲んだら傷は治るし…』
「……」
『私は、それが嫌』
化け物丸出しじゃない、そんなの。
泣いているような震える声に、頭をかかえた。
戦闘に都合のいい身体能力を持っているからと言って、こんなガキを、海軍(おれたち)は、ずっと。
『…なんて、ね。ちょっと疲れたから、愚痴りたかったの。今のは本気じゃないよ』
「名前、」
『聞いてくれてありがとうスモーカーさん』
ソファから起き上がった名前の血を溶かしたような目は確かに潤んでいて、それを隠そうとする姿はいっそういじましかった。
何も言ってやれない情けないおれの隣に、名前がふらりと寄ってくる。
『ねえ、話していたらお腹が空いてきちゃった。仕事の話の前に、“ご飯”、もらっていい?』
「…あァ。好きなだけ食え」
『ありがとう』
子供のような笑みを浮かべて手首を取り、遠慮がちに牙を突き立てる名前の頭を、おれはそっと撫でることしかできなかった。
いつか、この哀れな吸血鬼が救われる日は来るのだろうか。
そう考えて、“救える日”ではないのだな、と自嘲した。
汚れてしまったのは世界か自分かtitle by
愛執
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