これの夢主視点

十八歳の誕生日を迎えるほんの数日前に舞い込んできた母国の3番目の王子様との結婚話は、正直言って嫌だった。
一度も会ったことのない人との結婚生活なんて考えられないし、だいいち、生まれ育った大切な村からお城へ引っ越さなくてはならないなんてそれこそ考えられなかった。

お城のある都市は、様々なお店やおしゃれな服、美味しいものが溢れているし、そんな賑やかな街が嫌いなわけではなかったけれど、それよりもずっと、色とりどりの花や野菜、果物たちの世話に明け暮れる村での暮らしが好きなのだ。

しかし結局、ただの村娘である私が王子からの求婚を断ることなどできるはずもなく。
十八歳の誕生日を迎えた日、私はお城へ連れられた。
何人ものメイドさんたちが、お綺麗ですよ、きっと幸せになれますよ、なんて声をかけつつ私を美しいウエディングドレスとヴェールで飾り付ける。だけど私の気は滅入る一方だった。結婚してしまえば、もう、ここから出られない。


「?! 何だね、キミは?!」


見たこともないくらい大きな男が扉を蹴破って部屋に入ってきたのは、そのときだった。
城仕えの黒服やメイドさんたちが浮き足立つなか、男はただ真っ直ぐ私の元へやって来て、その大きな手で私をかかえた。


『?! 嫌、離して!!』


私は何が起きたのかわからなくて、恐怖のままめちゃくちゃに暴れたが、男には何の意味も成さなかったらしい。柔らかいモチのような何かに拘束され、抵抗するのをやめた。怖さと、適わない悔しさからか、涙が止まらなかった。

泣くのに忙しかった私が周りに目を向ける余裕を持てたのは、大男が私をソファに座らせたときだった。なんて大きなソファだろう。察するに、この男のために作られたものらしい。
男は泣き通しの私の口元に甘い香りのするキャンディを持ってくる。当然、食べる気にはならない。眉を寄せていらないことを伝えるよう首を横に振ると、


「? どうした。キャンディは嫌いか?…ああ、手で持てないのか」


などと見当違いなことを言う。持てない持てるの話ではない。
それでも、拘束を解かれるきっかけにはなった。男の仕業だったであろう、モチのようななぞの柔らかな白い拘束具がにゅるりと外される。私は半ば転がり落ちるようにソファから駆け出した。
しかし、恐怖で強張った足は上手く動いてくれず、ほんの少ししたところで無様に転んでしまった。


「大丈夫か? 怪我は…していないようだな」


男がゆっくり近付いてくるのがわかった。座っていても冗談のように大きな男だったのだ。床に伏した今、男の巨大さは更に際立って見えて、身体中を震わすほかなかった。恐い。怖い。


『あ、なたは、だれ、ですか…?! わ、わたしを一体、どうするつもりなんですか…?!』


私の問いかけに、男が答えることはなかった。取って食う気はないと言われたが、そんな言葉がどうして信じられるだろうか。
男は再び、手に持ったキャンディを私のほうに差し出してくる。


「食べてみろ。ペロス兄のキャンディは甘くて世界一美味しいんだ」


ペロス兄とやらが誰だか知らないし、仮にそのキャンディが世界一美味しいものだったとしても、この状況でキャンディなど食べていられるものか。ふざけているのだろうか。だとしたら大真面目そうなこの男の顔がとても恐ろしい。

私が頑なにキャンディを受け取らないのが不思議なようで、男は数秒固まった。しかし、何を思ったか、手にあったもうひとつのキャンディをおもむろに自分の口元に持っていき、巻いてあったマフラーを下ろした。
そこにあったのは、大きく裂けた口と、鋭く光る、牙。


『??!』


私が見たのは何だったのか。思考回路がショートして、私は気を失った。

不運な娘


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