彼女の故郷はどんな作物も豊かに実る豊作の国としてわずかに名の知れ始めた島国だった。
お菓子の材料を育てるのにうってつけだと、ママがその国に少しばかり目を付けていたこともあって、おれは何度か島へ偵察に訪れていた。
栄えている国の都市の外れにある村に足を運んだ日、おれは彼女を見つけた。

初めて見たのは、彼女が六歳のとき。
頬に泥をつけたまま、あどけなく無邪気に笑う姿が眩しかった。傍にいて、何かあったら護ってやりたい。かつて幼かった弟妹や、今幼い弟妹にいだくのと似た感情が起こった。

次に見たとき。彼女は十二歳だった。
まだまだいたいけな表情のなかに、時折、ませた表情を見せる。一緒に歩いていた友人らしき坊主との間にわずかな距離がある。異性を意識し始める頃なのだろう。余計な虫がつかないように目をやる必要があるな。そう思った。

その次は、十六歳の彼女を見た。
華奢な板切れのような幼い身体つきは、もうすっかり少女らしく、どこか女性らしくも成長していた。しかしよく育った作物に笑いかける顔はなおいとけない。
縁談の話がいくつか耳に入っていた。早すぎる気もしたが、同じ頃に嫁いでいった妹もいることを思い出し、そんなものか、とひとり納得した。

彼女が十八歳になったとき、その身を攫った。
純白のドレスとヴェールをまとい憂う彼女を、攫った。
彼女は何が起こったのかわからなくて怖かったのだろう。かかえた腕のなかで激しく抵抗した。めちゃくちゃに振り回される手足があたったところでも痛くもかゆくもなかったが、彼女が怪我をするのは避けたかった。能力を使い傷がつかないように拘束すると、敵わないことを悟った彼女は震えて涙を流し、大人しくなった。



その日のうちに彼女のことをママに報告した。
普段ならよく熟考し、なぜそうしたのかを順序立てて話すのだが、彼女を手にできたことがよほど嬉しく興奮していたらしい。


「欲しかったんだ」


馬鹿のようにぽつりとそう言ったおれを見てから、おれの腕のなかで目を赤くして泣いたままの彼女を見やって、ママは豪快に笑った。


「マママ! 欲しかったから、か! いいんじゃねえか? おまえはおれの息子! 海賊の息子だからなァ!」


ママの隣に立っていたペロス兄はやれやれ、と頭をかかえていたが、ママが構わないと言った以上何か言うつもりはないらしく、あんまり泣かせてやるなよ、とキャンディをふたつくれた。ペロス兄の甘いキャンディを食べさせてやれば、まるで止まることを知らないかのようなこの涙も止まるだろう。

彼女を万国の城での自室に連れて行き、ソファに座らせた。おれに誂えて作られたそれは彼女にはいささか大きすぎたが仕方ない。
肩を震わすばかりの彼女の口にキャンディを持っていけば、彼女は訝った顔で首を横に振るだけで、口を開けようとはしなかった。


「? どうした。キャンディは嫌いか?…ああ、手で持てないのか」


ふと身を拘束したままだったことを思い出し、細い手足に自由を戻してやる。
すると彼女は転がるようにソファから降りて、部屋のドアに向かって一目散に駆け出した。しかし、強張った足がもつれ、おれからそれほど離れもしないうちに床に蹲る。


「大丈夫か? 怪我は…していないようだな」


見聞色の覇気で見た少し先の未来にあるのは、怪我を痛がる彼女ではなく近付いたおれを見て可哀想なほど身体を震わす彼女の姿。


『あ、なたは、だれ、ですか…?! わ、わたしを一体、どうするつもりなんですか…?!』


震えは声まで伝わって、ほとんど何を言っているのかわからなかった。それでも怯えているのは火を見るより明らかだ。さて、どうやって落ち着かせたものか。


「別に、取って食う気はない」


渡しそびれたままのキャンディを差し出しつつ、できるだけ目線を合わせるように姿勢を低くする。彼女がキャンディを受け取る気配はない。


「食べてみろ。ペロス兄のキャンディは甘くて世界一美味しいんだ」


毒でも入っていやしないかと疑っているのだろうか。そう考えたとき、迂闊にも体が勝手にもうひとつのキャンディを口にしていた。不気味でしかない己の裂けた口を隠すためのマフラーを、下ろして。


『??!』


奇形に育った作物にさえやさしい顔で接する彼女なら、おれの奇形すら受け入れてくれるかも知れないなどと言う淡い期待は糸も容易く砕かれた。
彼女の肩がいっそう震え、ついぞ気を失い床に伏す。不思議と、怒りよりはひどく怯えさせてしまったことへの申し訳なさが勝っていた。

ぐったりとした彼女の四肢をかかえてベッドへ横たえる。
次に彼女が目を開けたとき、一体何が視界に入ればこのか弱い女を怯えさせずに済むのだろうか。そんなことばかり考えた。


「ああ、そう言えば名前も言っていなかったか」


まずは自己紹介から始めねば。

不器用な男
title by 愛執


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