「ねえ、皆に何を言おうとしていたの」


窓から差す夕陽を背に受けた彼の顔は、私からは見えない。
怒っているのか憎んでいるのか悲しんでいるのか楽しんでいるのか。
恐らくは楽しんでいるのだろうが、その声色だけでは判断しかねた。


『別に、何も』


私が淡白に答えると、彼は笑った。やはり愉しんでいるのだ、この、状況を。
喉の奥からくつくつ出る嗤い声に背筋がぞくりと震えた。


「別に何も、か」

『……』

「本当は違うだろ。言ってごらんよ」

『……』

「ふふ、強情。そうだな、“皆は何も知らないから。リドルがどんな人間か知らないから、私がおかしいなんて言うんだ”とか、言いたかった?」

『っ…』


まるで蛇に睨まれた蛙のようだと思う。
誰もいない教室、そのドアの鍵は開いているのに。逃げ出そうと思えば逃げて行けるのに。
私は動けなかった。脚の、腹の、背の、腕の、首の痣が、私の身体を動けなくしていた。これが何かの魔法や呪いなら、どれだけよかったか。


「名前、別に言ってくれてもいいんだよ?」


リドルがゆっくりと私のほうへ近付いてくる。
身体が小刻みに震え出した。逃げなくちゃ、また、痛い目に遭う。だけど逃げたって、きっと…。


「リドルは私を痛め付けるひどい人間なんだって。本当のことだからね。言ってくれて構わないよ」

『っは、あ、』

「だけど、僕はそんなことしていないって、嘘を吐くよ」


“そうなったら、さ”
言いながら、リドルは私を抱き寄せて私の耳元へ口唇を這わせる。嫌悪なのか拒絶なのかはたまたもはや調教され尽くした賜物の快感なのか、再びぞわりと震える。


「僕の嘘とおまえの真。どちらが信じてもらえるかと言えば、答えは明白だろう?」


ああ、私の救いはどこにありますか。

愛苦しい
title by 愛執


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