短編 | ナノ

恋する乙女と隊長と 前編(2/2)


 紅潮した様子で懸命に愛の告白とやらをするミョウジにクラサメは目眩がした。まったくもって、理解不能だった。けれども真摯な姿勢でもってこちらと対峙する彼女に、面と向かってそう告げることも出来ず、故にクラサメは困っているのだ。
 思考を巡回させながら、迷いに迷って、ようやく重い口を開く。吐息交じりに飛び出したのは、否定の言葉だった。

「――悪いが、その願いは受け入れがたい」
「ええ、分かってます」

 予想に反してすんなりと、ミョウジはクラサメの言葉に頷く。

「でも、どうしても好きなんです。欲しいんです」
「欲しいと言われてあげられるものではないだろう」
「そんなこと分かってます」
「なら何故、聞く?」

 疲れ気味なクラサメの投げかけに対して、ミョウジは「だって……」と呟くと、意志を決した表情で力強くクラサメを睨みつけた。


「あなたが、彼を、
 ――トンベリさんを縛っているからです」


 トンベリ。トンベリ。そう、トンベリだ。クラサメの良く知る、あの、トンベリ。
 なんと、この目の前の少女は、トンベリに恋をしているのだという。いや、恋をしていること自体は別によい。クラサメとトンベリの間に種族を超えた友情があるように、種族を超えた恋愛もまた、ありなのだろう。いまいち理解できそうにないが。
 問題は、そこではない。ミョウジの態度だ。

「――別に縛っているつもりなどないが」
「いいえ縛っています! でなければこの私があんなに積極的にアピールしているのに、彼が私になびかない訳がないんです!」
「……アピール?」
「そうです! 手作りのクッキーや、ケーキを差し上げたり」

 人はそれを餌付けと呼ぶんじゃないのか?

「失礼な。立派な愛情表現です。他にも、色々なデザインのランタンをプレゼントしたりだとか」

 ……貢ぎか。

「だったら何です。いけませんか? あ、もちろん毎日愛の囁きは欠かしていませんよ!」

 …………そうか。
 だが、とりあえず。

「お前の気持ちは良く分かった。しかし、トンベリは私のものではないし、そもそも"もの"ではない。幸せにするから下さいと言われても、トンベリの意志を尊重せずに、私が勝手に彼のことをあげるだのあげないだの決められるわけがないだろう」

 咎める声音の正論に、うっ、とミョウジは言葉を詰まらせる。

「で、でも、でも!」

 それでも往生際悪く食ってかかってくる姿は、まさしく恋する乙女の意地だった。……つまるところ、ミョウジはクラサメに嫉妬しているのだ。大好きなトンベリの側を独占するクラサメの存在が気にくわないのだろう。本人の意はどうあれ、ミョウジにとって、クラサメとは恋のライバルなのだ。
 けれどもそんな乙女の心理を理解できないクラサメは、深く溜め息をつく。

「分かったのなら、私はこれにて失礼する」

 そして、これ以上付き合ってはいられないとばかりに踵を返し、教室を退室しようとした、その時。


「――わ、私は諦めませんから!!!」


 びしぃッ! と、文字にすればそんな効果音の付く勢いで、ミョウジはクラサメを指差した。何事かと立ち止まるクラサメを前に、仁王立ちすると、教室中に木霊するほどの大声で、宣言する。

「絶対に、絶対に、ぜーったいに、貴方をトンベリさんから引き離してやるんだから!!!」

 ――射込むばかりの眼差しには、メラメラと燃える対抗心が宿っていた。

 吐きだされた捨て台詞と共に、ミョウジは慌ただしく教室を飛び出した。茫然と、その姿を見届ける。しばらくして、ふと、我に帰ると、まるで嵐のようにやって来て嵐のように去って行った少女の宣戦布告に、クラサメは思わず項垂れた。

「……はぁ」

 本日二度目の溜め息が零れる。まったく、変な難癖をつけられたものだ。

(――面倒なことになったな)

 引き攣るこめかみを労わるように触れると、今度こそ開かれたままの扉へと向かう。
 図らずともミョウジの背を追うように教室を出たクラサメを更なる煩労が襲うのは、それから間もなくしてのことだった。


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