短編 | ナノ

恋する乙女と隊長と 前編(1/2)


 恋。それはなんて甘美な響きだろう。楽しくて、嬉しくて、切なくて、胸が躍る。まるで世界がキラキラと輝き、極彩色に綾取られるかのよう。姿を見るだけで胸がときめき、振り向かれた日には大興奮で夜も眠れない。好き。好き。とても好き。そんなくすぐったくも心地の良い思いが溢れて、体中を満たす。
 恋をしていた。
 そう、私、ナマエ・ミョウジは、人生で初めての恋をしていたのだ。

 きっかけは単純で。一目惚れだった。目が合った瞬間に、虜になっていた。それから日々募ってゆく思いに、初めこそは見つめているだけでよかったのに、いつの間にか彼が欲しいと思い始めていた。
 初恋は実らないとはよく聞く話しであるけれど、恋をしていれば誰しもがその思いを実らせたくなるもの。人とは、欲深い生き物だ。好きになってしまえば、恋する者の隣に立ちたいと懇願せずにはいられない。

 一旦欲しいと願ってしまえば、到底我慢などできる私ではなくて。

 私は決意した。絶対に、彼の隣に立ってみせると。絶対に、彼を手に入れてみせると。間に憚る障害など蹴り倒してしまえ。そう、恋とは成熟させるものなのだ。

 ――故に。
 今日も私はこの思いを糧に、甘く燃え上がる、恋の戦争へと我が身を投じる。


+++++


「……です。好きです。大好きなんです。だから、私に下さい。
 ――必ず、幸せにしてみせます」
「…………」

 とんでもない場面に遭遇してしまった。それが、熱烈な愛の告白を前にした出端に、ケイトの中で芽生えた感想であった。ケイトは現在、0組の教室の扉の前にて、その陰に隠れるようにして、教室内を覗き見ていた。はしたない行為だとは重々承知しながらも、つい好奇心に揺り動かされた結果である。
 もとはと言えばただ単に、忘れ物を取りに教室へとやって来ただけなのだが、舞い戻ってみればそこには先客が居て。それがナマエと隊長といった珍しい組み合わせであったものだから、いったいどうしたのかと会話を盗み聞きしてみたら。

 ――まさか、ナマエが隊長に恋をしてただなんて!

 驚愕だ。ビックリだ。あまりにも、予想外だ。そんな前振りは一切なかったのに! しかも相手はあの隊長だ。泣く子も凍りつく、我らが0組の、クラサメ隊長。
 信じられない思いで確認するようにもう一度教室内へと視線を向ければ、やはり沈黙したままの隊長がいて。その眼の前には目を潤ませ、頬を赤く染めたナマエの姿がある。
 どうやらこれは冗談ではなく本当らしい。

 ナマエは隊長のことが好きなのだ。

 そう理解すると途端に、ケイトは両目を輝かせた。例え戦場では非情に人を切り捨てる0組の候補生であっても、所詮は思春期の子供。しかも少女だ。色恋沙汰には目が無い。

(スキャンダルだ! スキャンダルだ! 皆に知らせなくちゃ!)

 こんな面白そうなこと、滅多にないのだから、是非とも存分に楽しませてもらわなければ! 邪心を抱きながらも、自分の得たとっておきのニュースを皆と分かち合いたくて、ケイトは忍び足で扉から離れると、一目散に走りだす。

 まさかその背後ではケイトの思いもよらぬ会話が、二人の間で交わされていたことなど、露知らずに。


+++++


 クラサメは困っていた。非常に、困っていた。目の前の少女にどう対応したらいいのか、分からなくて。ナマエ・ミョウジ――蒼いマントを纏うことから分かるこの2組の少女は、確かクラサメの担当する0組の連中と仲が良かったはずだ。だからクラサメ自身、ミョウジと面識はあった。が、しかし。

 一体何がどうしてこんなことに。


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