好きと言って | ナノ

秘密の特訓

朝、出勤にしては早い時間、アリスは訓練場で準備運動をしていた。

「ふぁあー…」
「欠伸とは余裕だな」
「…っ!隊長!おはようございます!!」

アリスは部屋に入ってきたウェスカーに声を掛けられるまで、彼の存在に気付かず、驚いて体がビクリと跳ねた。大きく開けていた口を慌てて閉じる。
近接戦闘の特訓をしてくれるようにウェスカーに申し出ていたアリスの願いが今日やっと叶えられるのだ。同じ出勤時間だったため、その前に少し時間を取ってもらえた。約束を取り付けた喜びから昨日は興奮して中々寝付けなかったのである。
アリスは両頬をパンパンッと叩きなんとか目を覚まそうとした。

静かにサングラスを棚に置いたウェスカーはじっと彼女を見据えてきた。

「さて…一度手合わせとするか」
「はい!」

返事は良かったものの、程なくしてアリスは抑え込まれギブアップするしかなかった。

「ぎゃー!た、隊長!痛い!痛いです!!」
「大袈裟な声を出すな」

パッと手を放し開放されるが、悔しさから涙目をウェスカーに向けた。

「最初から容赦なさすぎです!」
「特訓してくれと言ってきたのはお前だろう」
「そうですけど……」

俯いたアリスに、ため息ついたウェスカーが背を向けた。
その瞬間を彼女は見逃さず脚を踏み込んだ。

(隙あり……!)

攻めたつもりが、何故か手首をやすやすと掴まれ捻り上げられ背後を取られてしまった。

「なかなか卑怯な真似をしてくれるな」
「…痛い!」
「運動神経は良いんだ、一般人相手ならそれで十分だと思うが?」
「…リチャードに勝ちたいんです…!」

再び解放されたアリスは手首を擦り、肩をぐるりと回した。どうやら本当に大袈裟に声を出し過ぎたかもしれない、どこも傷んだ様子はなかった。乱れた髪を結び直しながら、じっとウェスカーを見れば、彼が息一つ乱していないことに少し腹がたった。余裕たっぷりだ。

「身体の使い方を考えるんだな、闇雲に体術を仕掛ければいい訳じゃない」
「うーん……自信あるんだけどな…」
「同じ様に訓練を積んでいる相手には体格差で不利だと思わないのか?逆に小柄なのだからそれを生かす事を考えるんだな……」
「う……返す言葉もありません」
「今日はここまでだ」

彼の言葉は的確だった。痛い所を点かれたようではあったが、それだけ自分の事を見てくれていたのだと、アリスは嬉しくなり頬が緩む。

「ありがとうございました!」
「何をニヤけてるんだ」
「いえ!勉強になるなー、と」

何故そんな笑顔になるのかと、ウェスカーはいつものように眉間に皺を寄せ、先に出て行った。



アリスはシャワールームへ行き、汗を流しながら脳内で今日の特訓の復習をしていた。
ヒントは貰えた、頼ってばかりじゃなく自分でも切り開いていかないといけない。今日は署内のジムに寄ろうと思った。

隊長は本当に熱心だ…食事の時に聞いた話でも、ラクーン市の事や市民の事を思っている正義感は大いに感じ取れた。実力もあって自分にも厳しい。勿論他人にもその分厳しい…そのせいもあってS.T.A.R.S.のメンバーからの嫌われ様は酷いものだ。

「あんなに素敵な人なのに…勿体無いな」

呟きはシャワーの音で掻き消される。
ふと自分の手首を掴むと女性特有の細さを痛感した。ウェスカーの身体はやはり無駄がなく鍛えられていたな、と思い出し少しうっとりしてしまった。

「…ハッ…!私って、筋肉フェチ…なのかな」

再び水音に吸い込まれたその言葉にアリスは自分で苦笑した。


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私が筋肉フェチです。
160122

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