▼依存して、恐怖して、拒絶して、それでも 薬の数は限りがある。支給される燃料と同じように、決められた量しか回されることはない。資源の不足からなのか、ただ単にそれだけしか与える価値なしと判断されているのかは、戦場では分からなかった。 「上に報告すればいい」 「あんた本気で言ってんのか」 目に余ったのか、ナタルがこぼした一言に、吐き捨てるように言ったのはオルガだった。最近では名前が部屋から出てくることは少なくなった。あの優しい兄は自分の狂った姿を弟達の前に晒すことを嫌がった。 出撃前、無意識なのか意識してなのかは知らないが、手足をほぐすように動かす姿をオルガはよく見かけていた。脳から神経への伝達が遅くなっているのか、薬を投与する前の名前の動作は酷く緩慢で、連戦に次ぐ連戦が身体に与える負荷はオルガ達以上に大きいと嫌でも悟るしかなかった。 何度か名前の代わりに出撃したことはある。自分たちだけでどうにでもなるような戦闘では、あえて置いていった。その後そのことであの兄が荒れに荒れていようと、無駄に死期を早めることはないと弟達3人の合意だった。どうせ死ぬ運命にあって、死ぬことが義務づけられているに等しくても、此処にいる間位は「家族」を無駄死させたくはない。 「それができりゃ俺達はとっくに名前に投薬してる」 「しかし身体的負荷は君たちの方が」 「あいつの苦しみはそっちじゃねぇんだよ」 自分たちの苦しみは身体的な痛みの方が多い。薬切れは意識を飛ばすほどの苦しみを与えてくる。名前は元々薬物に強い体質であったのか(その為に今まで生き残ってこられたのだろうが)、そういった面ではあまり苦しんではいないように見えた。 だが、とオルガは唇を噛む。うっすらと、慣れ親しんだ鉄の味が口の中に広がった。名前の苦しみはむしろ蝕まれてゆく精神の方だ。それは見ている自分たちの方が耐えられるものではなかった。 「身体より先に脳がイカれちまったら、殺すしかなくなる」 「彼は普段、悪いが君たちよりよほど理性的に見えるが」 「だろうな」 弟にすら全ては晒さないあの兄が、知り合って間もない上官にそんな狂った面を見せるはずがないのだ。そんなところだけは感嘆するほどに、呆れるほどに強くて、弱い。 「"兄貴"が限界むかえたら、俺達だけじゃどうにもなんねーよ。この艦丸ごと道連れだ。」 しかしそれなら、その時は協力してやるのも、黄泉路の旅を共に行くのも、それはそれで良いとオルガには思えた。大好きな家族のために命を使えるなんて、自分達には最高の贅沢じゃないか。 2016/12/20 index ×
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