▼「憐れまないで、憐れんでほしくなんかない」




ナタルは名前の事を誰よりも評価していた。あの3人より妙に人間臭いところも、誰よりも感情に左右されているところも知ってなお、彼は強いと考えていた。

ナタルは生体CPUといった呼び方自体が嫌いであったが、どう表現したら良いかも分からなかった。つまり新型とされる3人よりも旧型のはずの名前の方がよっぽど強い。それこそ型落ちとは思えないほどに。
本人に自覚はないのだろうが、言ってやれば何かがかわったのだろうか。
いつもひょうひょうとしている彼はまだ余裕があると思っていたのも否定は出来ない。だから、ナタルはあの模擬戦のあと、顔をゆがめて狂ったように彼のダイスキなはずの3人を罵倒する姿に、酷く驚いたのだ。




名前は何度か、あの三人に模擬戦で負けたことがある。
その時は名前の薬は切れかけていたし、意識混濁の中3人を相手に戦っていたのだから仕方が無いとの判断が下された。しかしそんな事は当然のように伝えられず、負けという事実のみが名前を焦らせた。

名前は弟達を愛していた。それは真実だった。しかしそれ以上に妬ましくて、憎くて仕方が無かった。欲しくて欲しくて仕方が無くて、大事で大事でたまらなかった家族に、どうしてこんな感情を抱いてしまうのか。でも、それでもやっぱり、名前は3人が好きだった。

「役立たずはいらないだろう」

戦いが終わる度にうわごとのように繰り返す名前は、あと何回戦場に出られるのか、なんとはなくだが知っていた。もとより旧型の型落ちだった。新しい弟達が来た時点で未来は決まっていたようなものだった。
自分を生かした薬の生産はとうの昔に終わっていたことも知っていた。弟達に使われている新しい薬は自分の身体には合わなかった。違うパーツなのだから仕方が無い。タイムリミットは近かった。

以前から成果が出せなければ薬は生産終了と言われていたのに、望まれた結果を出せなかった自分が悪い。そう納得はしていても、生に執着する己はさぞかし滑稽に写るだろう。
自分が臆病なことも知っている。それでも戦場に出てしまえば身体は戦い続ける。それは己の意思とは関係はない。生体CPUなんてものはそんなものだ。ただ、旧型の分感情に対しては弄られなかった。きっとそれは、何よりも幸せなことで、誰よりも不幸なことだった。

もともと名前は、他の人間と比べて薬への耐性が強かった。だからここまで生き残ってこられた。自分に合わないはずの薬でも狂わずにおれた。
手のひらを開いて閉じて、また開いて。名前は浅い思考回路の中で考える。皮肉なものだと考える。だってこれは、この戦争のもとになった原因の失敗作だった。




名前の身体が一番薬に侵されている事は3人のうち誰もが知っていた。オルガは模擬戦が終われば毎度自分の部屋にこもってしまう「兄」の子守役だった。
名前が負けたとき、彼は普段大好きだよと穏やかに愛を囁くその口で彼らを酷く罵倒する。聞くに堪えないというわけではない。只それが、いつもの穏やかな笑みの裏側だと思うと少し悲しいだけだ。

勝っても負けても、名前は部屋にしばらく引きこもる。気持ちが落ち着かない限りは口からぽろぽろと溢れ出る言葉は止められないからだ。そして正気に戻った時に、名前は何度も何度も謝る。それは見ているオルガ達の方が哀れに思うほどだった。見たことはないが、本で読んだ世の中のDV男とやらはきっとこんな感じなのだろうとオルガは思っていた。

「名前、いい加減出てこいよ」
「オルガ、オルガ」
「なぁ、今回は俺達に勝ったじゃねぇか」
「でも結果を出せなきゃ同じだ」
「名前は俺達よりよっぽど結果を出してると思うけどな」
「オルガは良い子だなぁ」
「そうでもねぇよ」
「ごめんなぁオルガ」
「俺達のだーれも気にしちゃいねぇよ」
「そうか」
「そうだよ」

ほら、飯いくぞ、くいっぱぐれるぞ。そういってオルガはドアを開け、兄の手を引く。鍵?パスワード?そんなものこの弟達にとことん甘い兄が自分に対して掛けているはずがない。
結局の所、兄も兄なら弟も弟だった。



141210







prev next
index
×