いっしょにごはん | ナノ


やさしい場所 5


それから、僕らは本当に真夜中の海に出かけた。

樹っちゃんの言っていたコンビニで、棚の片隅で忘れ去られていた季節外れの花火セットを買って、砂浜で花火をした。

皆、変にテンションが上がって、馬鹿みたいに笑い続けた。
すっかり泣きやんださくらちゃんも、目を丸くして花火を見て、可愛い笑顔を見せてくれた。サエさんから僕、バネさん、ダビデ、聡くん、亮くん、そして樹っちゃんと次々と抱っこを交代されても全く嫌がらずに皆に笑ってくれた。

サエさんもたくさん笑ってた。

僕は中学生の頃のように、大好きな先輩に飛びついた。今では僕とそれほど身長が変わらないサエさんは、少しよろけながらも笑って受け止めてくれた。

「サエさん! さくらちゃんが夜泣いたら、こうやって皆で遊んじゃえばいいんだよ。毎晩でも呼んでよ、僕の事も皆の事も」

僕が言うと、先輩たちがどっと笑う。

「なんだよ剣太郎、勝手に決めるなよ!」

「部長命令だよー」

「部長って、そりゃいつの話だよ!」

文句を言いながらも「ま、でもマジで、いつでも呼んでいいから、サエ」と笑うバネさん。
むっつりした顔を装いながら「毎晩じゃ困りますけどね。たまにならね」と返事は優しい樹っちゃん。
「俺、毎晩でもいい」とダビデ。
「ダビデはプー太郎だもんね。なんならベビーシッターに使っちゃいなよサエ。俺も今は夜型だから、たまに気分転換に呼んでよ。ネタにもなるしさ。当然首藤も来るよね」と亮くんが言うと、
「おい! 俺は朝早いんだぞ! だから呼ぶなら早めにな、早めに」と聡くん。

サエさんが何かを言おうと口を開く気配を感じて、僕は彼にぎゅっと抱きついた。暗くて彼の顔が良く見えなくて良かったと思った。

「ありがとうもごめんねも聞かないよ! サエさんはね、散々僕らに心配をかけた罰として、さくらちゃんを皆に見せてくれなきゃいけないのっ! これは部長命令だからね!」

真夜中で、星がきれいで、波の音が響いてて、でも僕らは凄くうるさくてムードなんかは全然なかった。
ただ花火が異常に眩しくキラキラとして目に染みた。
まるで夢の中みたいだった。
まだお酒が完全に抜けてないのかもしれなかった。





その夜から数日後、サエさんはさくらちゃんとふたりで地元に帰って来た。
話していた通り実家じゃなく、小さなアパートを借りて。
無職バツイチ、貯金ゼロ(!)、言葉は悪いけどコブつき…サエさんこれからどうなるんだろうとハラハラする僕を尻目に、サエさんはいつもの爽やかな笑顔で飄々としていた。

「店をやろうかなと思って」

サエさんはオジイのつてで譲ってもらった(タダではないらしい…けど内訳は良く分からない)という店舗…というか、屋台?のようなボロボロの建物で楽しそうにアイスコーヒーとかカキ氷とか売り始め、本当に大丈夫なのかと僕らが呆れているうちに、当然というか何というか、あっさりとサエさんのボロい店は地元の女の子たちで連日大盛況になってしまった。おいおいそんなにうまい話ってある〜!?

サエさんが「いらっしゃいませ、ありがとう」とにっこり笑えば、ボロボロ屋台もキラキラのホストクラブに変身する。…世の中って、何か間違ってると思う。

とはいえ、予想外に忙しい日々を送るサエさんとさくらちゃんを僕らが放っておくはずもなく。
…というか放っておけないんだ。サエさんはおんぶ紐でさくらちゃんを背中に括りつけたまま、狭い店の中で包丁や火を使うんだから。危なっかしくて手を出さずにはいられないよ!

僕らは週末ごとにサエさんの店を手伝ったりさくらちゃんの面倒を見たり、雨が降ると盛大に雨漏りするボロい店舗を、台風で大破したのを切っ掛けに本格的な大工仕事をして大改装し、なかなかの洒落たカフェ(しかも居住スペース付き!)に変身させたり…つまり、まあ、全く放っておいたりしなかった。思いっきり首を突っ込んでおせっかいしまくったわけだね。
僕は仕事が忙しくて週末ぐらいしか手伝えなかったけど、ダビデなんかは、毎日入り浸っているみたいだった。

手作り感あふれるとはいえ、なかなかに立派になったサエさんの店『SAE CAFE』は、数年もしないうちに地元のお客さんに恵まれすっかり軌道に乗った。

白いシャツにカフェエプロンをつけたサエさんのマスター姿は、そりゃもうキマッてる。姿だけじゃなくて、サエさんの淹れるコーヒーは本当に凄く美味しい。店にはサエさん目当ての女の子たちだけじゃなくて、コーヒーを楽しみに来るお客さんもたくさん増えた。

サエさんは、僕らを、店の立ち上げを手伝ったという名目でいつもタダにしてくれる。悪いなあと思っても絶対にお金を受け取ってくれないから、もう諦めたよ。
それに、今でも暇さえあれば店に押しかけては無理やり手伝いをしたり修繕をしたりさくらちゃんと遊んだりしてるしね。
僕らはやりたくてやってるだけだけど、サエさんが気にしすぎたらかえって悪い。飲食代くらいは遠慮せず、ありがたくご馳走になる事に決めたんだ。

そしてある日、ふらりと遊びに来た元青学の不二さん。
サエさんの幼馴染の彼とは、僕ら六角メンバーも昔から何かと付き合いがあって仲良くしていた。
サエさんが東京を離れてから初めて会ったという不二さんは、しばらく滞在した後、なぜか『SAE CAFE』の紅茶担当として店に居着いてしまった。…この人も、昔から何を考えてるのか今いちよく分からない。
でも、不二さんの事は好きだし、サエさんが楽しそうだし、店はますます盛り上がるし僕は大歓迎だった。





そんな慌ただしい年月の中でも、僕らはたびたび、サエさんとさくらちゃんとの夜の散歩に出かけた。
その時々でメンバーは違い、あの頃の仲間が全員揃う夜もあれば、都内で暮らしてる淳くんが帰省して加わることもあったし、僕とサエさんさくらちゃんの3人だけの夜もあった。

さくらちゃんのひどい夜泣きは1年くらい続いた。
壁の薄いアパートのときはさすがに困ったけれど、みんなのお陰で住むところも出来たから助かったよ、とサエさんは笑った。

サエさんはいつでも笑っていた。
さくらちゃんがどんなに泣いて暴れても、よしよし、と落ち着いて抱き上げて、夜の浜辺を歩く。波の音でさくらちゃんはいつしか泣きやんだ。

…ある夜、僕は我慢できずに訊いてしまった。
いつか聞いた「奥さんのノイローゼ」の話。離婚して、奥さんではなくサエさんが子どもを引き取った理由はそこにあるのかと。

また笑ってかわされるかと思ったのに、サエさんは話してくれた。

さくらちゃんの毎晩の夜泣き。大人でも耳をふさぎたくなるほどの大音量の甲高い鳴き声と、拒絶。
サエさんは仕事で毎晩終電だった。帰れない日も良くあった。サエさんのいないマンションの中で、24時間さくらちゃんと向き合わなくてはいけなかった奥さんの孤独。

「母親と子どもって、特別な絆があるんだよね。俺は男だから客観的に子どもを見られるけど、女の人はそうじゃないんだ。さくらが泣く度に、彼女は自分の心が引き裂かれるような痛みを感じてた。…俺は、わかってあげられなかった。精一杯守っているつもりだったけど、足りなかったんだ」

ましてサエさんの奥さんは、元々将来を有望視されていた才女で、精力的に仕事をしていた人だった。さくらちゃんを授かった事で、彼女は仕事を諦めなくてはいけなかった。そして、さくらちゃんの成長の遅れ。奥さんのストレスはどれほどのものだっただろう。

「彼女にはさ、今の俺みたいに、さくらがどんなに泣いても笑い飛ばしてくれる仲間がいなかったんだ。こうして逃げて来れる海もなかった。俺が、その役目をしなくちゃいけなかったのに、できなかった」

すっかり寝入って天使のような可愛い寝顔を晒しているさくらちゃんを抱いて、サエさんは夜の海と、そこに映る月を見つめた。

「彼女は何も悪くない。彼女がさくらに言ったことも、したことも、自分の半身のように愛していたからしたことなんだ。一生懸命だっただけなんだよ。…誰かが責められるとすれば、彼女を追い詰めた、俺が」

「それは違う! サエさんだって何も悪くないよ!」

泣きそうになって叫んだ僕に、サエさんは優しく笑ってくれた。

「──うん。剣太郎が泣いちゃうから、自分を責めるのは辞めることにするよ」

そんなこと言って、笑って。内心は自分を断罪し続けている事くらい僕にも分かってたし、サエさんだって僕が分かってる事を知っていた。

それはとても悲しかったけど、今こうしてサエさんが笑ってくれることを大切にしようと思った。
サエさんの心をいつか許すのは、今彼の腕の中で眠っているちいさな女の子だと思ったから。



いつか絶対。さくらちゃんがサエさんを救ってくれるよ。サエさん。

絶対だよ。


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