君の名前





近頃、わたしの隣にはキヨスミくんがいることが多い。
キヨスミくん。
発音し慣れないよっつの音をくちびるで転がす。すごく、不思議なかんじ。
キヨスミくんのフルネームは千石清純という。清純と書いてキヨスミ。何て清らかなお名前。
すごく違和感ある。彼のその名前にも、彼が隣にいるってことにも。

キヨスミくんはわたしの弟のクラスメイト。まだ中学生の男の子だ。
だけど彼は『弟の友達』じゃないポジションになりたいんだ、等と言う。

「あわよくば桜さんの彼氏に収まりたいんだよ〜、なんてね」

茶化して言うんだけど、それって結構危ないのではないだろうか…。

「だめ。だってキヨスミくん中学生だもん」
「それ関係あるかなあ? 桜さんだってまだ大学生でしょ」
「まだ大学生だけど、来年には成人だし。キヨスミくんを彼氏にしたら、わたし犯罪者になっちゃう」
「桜さんは真面目だなあ」

だから好きなんだ!なんて笑うキヨスミくんは、なんというか派手だ。
頭オレンジ色だし、目鼻立ち派手だし、結構かっこよくて大人びてて背も高くて、一見中学生には見えない。

「キヨスミくん不良だしな…」
「俺は不良じゃないよ!? めっちゃ真面目だよ!」
「真面目な不良…」
「だから俺は不良じゃないの! 超いい子なの! マサヨシに聞いてみて!」

マサヨシというのはわたしの弟の名前。なんと正義と書いてマサヨシと読む。
清純と正義。字面だけ見るとすごい組み合わせ。ふたりは同じ委員会で知りあって、名前をきっかけにそこそこ仲良くなったらしい。
わたしは弟の忘れ物を届けに彼の学校に行って、そこでキヨスミくんと出会った。
下駄箱のところで派手なオレンジ頭のキヨスミくんと、もうひとり派手な銀髪を逆立てた超怖い顔の男の子に囲まれて立っていた弟を見たとき、わたしはてっきり弟が不良にカツアゲされているものと思った。それくらいキヨスミくんの雰囲気は派手なのだ。そしてチャラい(ちなみに、弟はわたしと同じくとても地味な部類に入る)。
何をどう間違ったのか「あのとき桜さんにひとめぼれしちゃったんだ☆」と笑うキヨスミくん(チャラい…)は、その後ちょくちょくとわたしのそばに出没するようになった。こうやってバイトが終わるの待ってて一緒に帰ったり、急に大学に現われてちゃっかり学食でごはんを食べて行ったりする。
キヨスミくんはこう見えて部活に一生懸命な子で、毎日遅くまで練習してるそうだ。わたしは彼に聞いただけで、彼がテニス(テニス部らしい)してるとこ見たことはないけれど。
それなら疲れてるだろうし、中学生の本分の勉強だってあるだろうし、同年代のお友達と遊ぶのにも忙しいはずなのに、何が楽しいんだか二日と間を置かずわたしのところに顔を見せる。
中学生ははやくおうちに帰りなさいと叱って追い返すべきなんだろうか。
「桜さーん、また来ちゃった」と人懐っこい笑顔で嬉しそうに寄って来られると、なんというか、おっきなモフモフしたオレンジ色の犬に懐かれてるみたいで邪険に出来ないのだ。キヨスミくんはかっこいいだけじゃなくてかわいくて、チャラいけど憎めない。大学の友達やバイト先の人たちにもすっかり馴染んで可愛がられている、恐るべきコミュ力の塊。
…かくして、近頃、わたしの隣にはキヨスミくんがいることが多い。なんだかんだで。

「ねえねえ桜さん、今日さ、────」

キヨスミくんが楽しそうに語ってくれる彼の今日の出来事を、わたしはふんふんとただ黙って聞く。
キヨスミくんは話がとても上手だ。笑わせてくれるけれど、一方的にはならない。ちゃんと聞く側のことを見ながら話してくれる。話題も豊富。主にテニスの話と、彼の友達の話だけど、中学生の話なのに全然退屈しないしすごく楽しい。わたしはキヨスミくんの話を聞くのが好きだ。
キヨスミくんの話にはたくさんの人が登場する。この懐っこさと明るさで、友達もすごく多いのだろう。クラスメイトの姉なんていう微妙な関係のわたしに対してもここまでフレンドリーな彼だ、パリピというのはこういう人種のことだろうと思う。
それでもって、キヨスミくんの話の登場人物には、女の子が多い。
○○ちゃんが。△△ちゃんがね。そういえば□□ちゃんが言ってたんだけど────。
つまりキヨスミくんは、めっちゃ女好きである。

「あ、桜さん、こっち」

さりげなーく車通りの多い車道側をキープして歩いて、さりげなーくわたしの大して重くもないサブバッグを持ってくれたりして。そんなのよりキヨスミくんの肩にずしっと掛ってるラケットバッグの方が余程重そうなのに。そのくせ貴重品が入ってるリュックは「持とうか?」とは言わない。ちゃんと頭使ってるんだな、気も遣ってるんだなと感心してしまう。
段差があれば手を差し出したり、当たり前みたいに慣れた仕草でそんなことする男性を、わたしはキヨスミくんで初めて知った。大学の先輩でもこんなにスマートな振る舞いをする人はいない。
…おかげで、最近、ちょっと困ったなと思い始めている。

「桜さん、疲れた? 今日も頑張ってたもんね。これ飲む? 美味しいよ」

キヨスミくんが差し出してくれたのは、わたしがバイト終わりに作ってあげたドリンクだ。今の季節だけの、いちごの。鮮やかな赤色はキヨスミくんに良く似合ってた。

「いいよ。キヨスミくんの方が疲れてるでしょ」

キヨスミくん。口に出す度なんだか不思議なかんじ。違和感。
まだ口が、この子の名前の発音に、慣れてない。
わたしが呼ぶ彼の名前は、「清純くん」とは響かない。「キヨスミくん」って音になる。

「残念。間接ちゅーできるかと思ったのに」

ぺろりと舌を出して笑うキヨスミくんは悪い子だ。中学生のくせして。

「ぜーんぜん、相手にされてないんだもんなー」

明るく泣き真似して、ちゅるちゅるドリンクを啜って「おいしい!」と笑う。…チャラい……。
困るの、こういうところだよって思う。
中学生なのに、ちゃんとした男の人に思えてしまうところ。
ときどき本当にかっこいいなって思えてしまうところ。
最近、気付けば彼を目で探してしまっている自分に気付くとき。
困る。

「ね、桜さん、手つないでもいい?」

冗談めかして軽く言うところ。そんなこと誰にでも言ってるんだろうなって思う。
でもキヨスミくん、目がちょっと真剣で。緊張してて。かわいくて。
どこまでがテクニックで、どこまでが遊びで、どこまでが本気なのかわたしには分からない。分からないことはたぶんそこまでの問題じゃないって、そう思ってしまうことこそがきっと一番の問題だ、わたしにとって。

「いいよ。はい」

手をつないだ。キヨスミくんの手は大きくてごつごつしてる。思ったよりつめたかった。持ってたドリンクのせいかもしれない。

「……弟扱いだし」

溜め息ついたキヨスミくんは、その溜め息がわたしの耳を掠めるときのあつさには全然気付いていない。だってこの子はまだ子どもだから。
わたしと手をつなぐために左手に持ち替えた真っ赤なドリンクは、いつも夕方には売り切れてしまう。キヨスミくんのためにわたしがこっそり材料を取って置いたなんてこと彼は知らない。

「どうしようかなー」
「桜さん?」

困ったな。
困った。
困っちゃってることがもう、困った。
キヨスミくんの顔を見る。目が合った途端くしゃりと笑い崩れる顔が、不釣り合いな筈の『清純』という名前そのものに見えてぎくりとする。

もう少しだけ。
『キヨスミくん』でいて。

誤魔化すみたいに笑って、つないだ手を揺らした。




『文末企画』に参加させて頂きました。文末担当:shiro)


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -