佐伯観察日記






私は密かに日記をつけている。
その名も「佐伯観察日記」。




2月某日。
今年も佐伯はチョコレートをたくさん貰っていた。休み時間ごとに女の子に囲まれる様はまるで漫画みたいだった。一人一人に笑顔でお礼をいうところはさすが佐伯だと思う。鞄に入りきらないチョコレートを困ったように眺める佐伯に「使ったら」と紙袋を差し出すと、驚いたように私を見てから「ありがとう。助かるよ」と笑った。毎年の事なんだから自分で用意しとけよと思う。佐伯は笑いながら「ところで君はチョコをくれないの?」とか言ってくる。これだけ貰っといてまだいるのか!「佐伯って甘党なの?」と訊くと吹き出された。
放課後、テニス部の部室前を通りかかると「でも一番美味いのはやっぱり樹っちゃんの手作りチョコだよ」という佐伯の声が聞こえた。おい。



某日。
花粉症に苦しむ私に佐伯は、「花粉症って都市伝説だと思ってた!小森かっこいいな!」と目をきらきらさせてのたまった。充血知らずの澄んだでっかい目にスギ花粉の塊を投げつけてやりたくなった。



某日。
ドラッグストアで佐伯に遭遇した。お互い「あ」と言ったきり微妙な沈黙と共に相手の手元を見あってしまった。私の手には所謂その…生理用ナプキン。そして佐伯の手にも何故か同じものの「羽根つき」が。佐伯は「あー…」と視線を泳がせた後で、「君は羽根無し派なんだね。あ、夜用はこれがお勧めみたいだよ」とか言って「じゃあ」とレジの方へ去って行った。おいなんだその無駄知識は。



某日。
夕方海岸を通ったら、海に沈む夕日に向かって叫ぶ佐伯と葵くんを目撃してしまった。

葵くん「夕日のバカヤローッ!」
佐伯「バカヤローッ!」
葵くん「失恋がなんだ!」
佐伯「そうだそうだ、剣太郎には未来がある!一度や二度の失恋でくじけるな!」
葵くん「6度目だけど!」
佐伯「……」
葵くん「断りの文句はいつも同じ、『私佐伯先輩の事が好きなの…』……サエさんのバカヤローッ!」
佐伯「……」
葵くん「ロミオがなんだーっ!」
佐伯「…………あっ、剣太郎、ほら、ウニ!」

ウニなんていないだろう。というか佐伯…それで葵くんが「わあ〜ほんとだ〜ウニだ〜!」なんて元気を取り戻すとでも思ってんのか。やっぱり佐伯ってどっかおかし

葵くん「わあ〜ほんとだ〜ウニだ〜!やっぱりサエさんの目は凄いなあ!」

…………テニス部って……馬鹿ばっか?



某日。
授業中、斜め前の席の佐伯のノートが目に入った。真面目に黒板を板書しているように見せかけて、佐伯は熱心に落書きの真っ最中だった。なにあの黒い丸に目がついてる謎の生き物。まっくろくろすけ…?と思い目を凝らしてよく見ると「ウニ太郎の冒険」とか書いてある。は?意味分かんない。佐伯はノートの端を使ってその謎キャラウニ太郎を主役にしたパラパラ漫画を描いているようだった。くくくくだらない…。あっけにとられていると、突然先生に「小森―、ぼーっとしない!眠いのか?」と指名されて飛び上がった。クラス中がどっと沸く。佐伯にも振り返ってクスクス笑われて壮絶にイラッとした。お前のせいだよ。



某日。
6歳になる姪っ子を連れて公園に行ったら佐伯と黒羽くんと小学生の集団がいた。『六角テニス部予備軍』らしい。テニスしないで全力でアスレチックしてたけど。
高学年の男の子が多いから遊び方が荒っぽくて姪っ子には危ないかな…と思ったら佐伯が「女の子には優しくね」って声をかけて、予備軍の子たちもちゃんと姪っ子を気遣って一緒に遊んでくれてた。ブランコの背中を押してもらったりアスレチック登るの手を貸してもらったりして姪っ子はすごく喜んではしゃいで私もうれしくなった。普通小学生の男の子って小さい女の子にあんなに優しくしてくれないよね。すごいなあ。
感心してたら佐伯が横に来て、にこにこしながら「小森、お母さんみたいだね」とか言った。佐伯って時々人を壮絶にイラッとさせると思う。なんだか腹が立ったので「じゃあ黒羽くんがお父さんで佐伯がお兄ちゃんだね」と言ってやったら物凄く変な顔をしていた。少し溜飲が下がる。



某日。
佐伯に告白する子が後を絶たない。そりゃーもう、漫画かドラマの世界。お前は二次元人か。
卒業を前にしての告白ラッシュ。佐伯に告白して成就した子が今までいないせいか、アタックする子も半分諦めが入った「記念告白」みたいなノリな多い気がする。…別に、彼女たちを観察している訳じゃないけれど。聞きたくなくても聞こえてきちゃうんだから仕方ない。

「佐伯先輩超優しかった!惚れ直した!」

ほー、そうかそうか。佐伯優しかったんだ。

「やっぱり振られちゃった…。けど、『君ならもっといい相手が見つかるよ』なんて言われちゃって…佐伯くん以上の相手なんている訳ないじゃない」

いやいやいやお嬢さん間違ってますよ、佐伯よりいい男なんて星の数ほどいますって。

「断られて泣いちゃったら、佐伯くんが涙を拭ってくれた……グスッ…」

おいおいおいおいおいおいこら佐伯ィ!


「……小森?どうかしたのかい?なんか物凄い目で俺の事睨んでるけど…俺何かしたかな?」

女の子の呼び出しから戻った佐伯が席に着きながら、首を傾げて私に訊いてくる。
知るか。



某日。
世間では「壁ドン」という単語が流行っているらしい。友達が「壁ドンされるなら佐伯だよねー」とうっとりしながら寝言を言っていた。

「あのいつも優しくて穏やかな佐伯がさー、急に真面目な顔して壁ドンとかしてきたら萌えるよねー」

…萌える…かな?私はうううううーんと首を捻った。
私だったら。
壁ドンされるよりしたいなあと考える。佐伯を廊下のすみっことかに追い詰めてドンッて。あいつ狭い所苦手だしちょっとビクッとするんじゃないの。あ、やだ萌えるかも。怯えた顔でこっちを見つめてくる佐伯。ちょっといいかも。むしろ壁ドンとかじゃなくて佐伯ドンしたい。サエドン。ドンッて突き飛ばして乗っかって「ふふ、佐伯怖がってる?」とか言ってみたい。言ってみたーい!

「……あの、小森。妄想がダダ漏れなんだけど…」
「ギャッ佐伯!いつからそこに!?」

いつの間にか横に立っていた佐伯が困ったように私を見下ろしていた。隣では友達がお腹を抱えて笑い転げている。おい。
それにしても佐伯ちょっと顔赤くない?なにこいつ。今の妄想に赤面する要素とかあったかな……あ、もしかしてこいつちょっとエ

「俺は小森に乗っかられるより乗っかりたいタイプなんだけどね」

…………。
…………ちょ、っ…と…。
そこで試合中みたいな目をするの反則でしょう!「なーんてね☆」なんて可愛く舌出しても何も誤魔化されてないから!ほら友達真っ赤になって腰砕けてるから!何とかしろ佐伯ィ!



3月某日。
卒業式。元生徒会副会長の卒業生代表挨拶に思わず泣いた。悔しい。でも泣いた。六角中が大好きだった。ありがとう佐伯。






今年の桜はちょっと早い。卒業式に合わせて咲いてくれるなんて。

「小森」

友達とわあわあ言いながら記念写真を撮って騒ぎまくって、ふと一人になった瞬間を狙ったようなタイミングで佐伯に名前を呼ばれた。

「佐伯」

……おいおいおい。
学ランのボタンのみならずワイシャツのボタンまで根こそぎ持ってかれてひらひらとシャツをはためかせている男。お前どこまで漫画のキャラなんだよ。
呆れかえる私に構わず、佐伯はのほほんと笑って「今日あったかくてよかったね」なんて言ってる。まあね、寒いよりはあったかい方がいいよね。

「結局、小森とは3年間同じくクラスだったね。いろいろ楽しかったよ。ありがとう」
「…こちらこそ」
「4月からもよろしくね」
「…こちらこそ」
「うん」

私のそっけない返事に佐伯はぽやんと笑った。桜をバックに。甘い笑顔だなあと思う。
佐伯とは同じ高校に行く事になっている。佐伯の志望校は私の学力ではかなり難しかったから死ぬ気で頑張った。…なんでこんなに頑張れちゃうんだろうと思いながら。本当は分かってたけど。

「ところで小森」
「ん?」
「これ、拾っちゃったんだけど」

と差し出されたノートを見て私は「ギャッ」と声を出して飛び上がった。慌ててひったくろうとするのに佐伯がノートを持った手を高く上げて届かない。

「ちょ、佐伯、返して!」
「あはは、『佐伯観察日記』かあ。小森面白い事やってるね」
「ギャーッ!まさか読んでないよね!?読んでないよね!?読んでないって言ってええええええ」
「あははごめん、読んだ☆」
「ギャーッ!ギャーッ!ギャーッ!」
「ははっ」

ギャーもう信じられない最悪最低。必死にノートを取り返そうと(もう手遅れだけど)ジャンプを繰り返す私を、佐伯はにこにこ笑いながら見ていたかと思うとふっと真面目な顔をしていきなり。

いきなり抱きしめる、から。
死ぬほどびっくりした。

「…………さ、さえき?」

何これ、この頼りない声。これ本当に私の声?

「ごめん小森。拾ったっていうのは嘘なんだ。俺が小森の机から勝手に抜き出した」
「……は」

ちょっとこいつ何やってくれてんの変態。犯罪じゃんそれ!

「ごめんね」

抱きしめられてそんな切なそうな声で謝られたら「変態」って罵る事もできないじゃんずるい。
…はっ、もしかしてそれが狙いか。計算か。わざとやってんのかこいつ。

「面白かった。小森って俺の事よく観察してるんだなーと感心しちゃったよ。その割に俺の事分かってなくて抜けてるところが可愛いなあって面白かった」

か、かわ…っ。
ていうかこいつ今「面白かった」って2回も言いやがったな。人の日記を(勝手に佐伯を観察対象にしていた自分の事は今は置いといて)盗み見といて面白かっただとう!?

「笑いながら読ませてもらったけどね。…小森、この日記の始まりの記事を覚えてる?」

…忘れるわけ、ない。
「佐伯観察日記」最初のページ。こんな変な日記を付けようと思った始まりの日。佐伯から目が離せなくなったきっかけ。

「…ごめん」

私はぽつりと謝った。佐伯が「なんで謝るの」と笑う。

「…だって。勝手に、あんな事思って。書いて。嫌だったでしょ」
「嫌じゃない。…かなり驚いたけど、うん、凄くびっくりしたけど、嫌ではなかった」
「……」
「ありがとう小森」

びゅううううっと風が吹いて桜の花びらがひゅるひゅる舞った。
海からの風。だけどあったかい。あったかくてよかったね、って佐伯の言葉が時間を置いて胸にすとんときた。
佐伯のボタンを毟られてぼろぼろになってる制服を濡らさないようにぐっと目に力を入れて佐伯を引き剥がした。佐伯も逆らわずにふわりと腕の力を緩めて私を解放する。

「4月からもよろしくね。でも、観察日記をつけるより俺と直接話して欲しいなあ、今度からは」

苦笑交じりに言われて私は吹き出した。

「わかった、そうする」






「佐伯観察日記」

7月某日。

テニス部の全国大会緒戦。

本気の、真剣な、誠実な、心からの、精一杯の、全身全霊の、一生懸命な、真摯な、真っ直ぐな、つよい、光みたいな、凄い、凄いプレイを見た。
世界一かっこよかった。

人を好きになった。
ありがとう佐伯。






おまけ



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