祝福の季節






同級生の手塚が好きだ、と自覚したのはいつのことだったか。
きっかけはよく覚えていない。気がついたら好きだった。それも、かなり楽しい方向に。
手塚を見ると胸がときめく。実際に心拍数が上がるのだ。目が合っただけでキャーとなる。授業中に手塚が朗読を任されると、そのアダルティな美声にうっとり夢心地。部活でテニスをする姿を見れば「尊い…」と溜め息しか出ない。
中3の修学旅行の夜に、布団を並べての女子トークでお約束の恋バナになり、「私はさ…手塚が好きなんだよねキャー!」と白状させられてからというもの、クラスの女子達は私と手塚をくっつけようとやたらと応援してくれる。例えば委員会を一緒にしてくれたり、掃除当番の順番をいじって手塚と二人きりにしてくれたり。はっきりいってバレバレなので、今では男子の大半も私の気持ちを知っている。クラスは違うけど手塚と同じテニス部の不二とか菊丸とか、結構協力してくれたりするし。
バレバレでも別にいい。手塚と5分も二人っきりでいられたよキャー!とか、先生に頼まれたプリントを重いからって手塚が全部持ってくれたよキャー!とか友達に報告しては一緒にキャーキャー盛り上がる、そんなんで私は十分に幸せだから。
それに、どんなに周りにバレバレであろうとも、当の本人にバレなければ恥ずかしくなんかない。
手塚のキャラ的に、私の恋心に気付くとかあり得ないし。
なので、私はすっかり安心して楽しい片想いを満喫していたのでした。だがしかし。



放課後、いつものように颯爽と部活に向かう手塚。私もいつものように声をかけた。

「手塚! 今日も部活頑張ってね!」
「ああ」

振り返って微かに微笑む手塚。一見分かりにくいが確かに笑っている。私はいつも手塚の顔をよーく見ているので分かる。尊い!
何事にもまじめな手塚だけれど、部活に向かうときはいつもよりうきうきしているのを私は知っているのだ。

「手塚、テニス大好きだもんね。はしゃいじゃってかわいいなあ」

すんなり気持ちよく伸びた手塚の背中を見送りながら私がにやにやしていると、横で友人たちが吹き出した。

「あの顔見てよくそんなこと思えるよね」
「ほんと、手塚をかわいいとかいうの桜ぐらいだよ」
「だってかわいいんだもん」

相変わらずにやけている私に、友人たちはハイハイというかんじ。これもいつものことだ。

「本当に桜は手塚が好きだよねー」
「やだっ言わないでもうキャー!」
「手塚も少しは気付いてくれるといいんだけどねえ」
「見てるだけで幸せだからいいの!」

まったく桜は、と呆れ顔を見合わせて笑い合う友人たち。これもいつものこと。
いつものことじゃないことは起きたのはその直後だった。

「気付いているが」

その場に投げ込まれたアダルトなボイス。痺れる。……って、え?

「え」

ぱちぱち。瞬きをして友人たちを見る。彼女たちも目を丸くして驚いていた。
だって間違いじゃなければ今の声は。そしてあの美声を私が間違う筈もなく…。
ぎぎぎぎぎ。首が音を立てそうな不自然な動きで、私は声の方向を見た。そしてそのまま崩れ落ちそうになった。
部活に向かっていた手塚が立ち止まって、振り返って、しっかり私を向いて立っていたから。うわあお。

「て、てづか」
「ああ」
「今、なんて」

聞きたくないが聞かねばならぬ。だってなんかとんでもないこと言われた気がするから!
手塚は、ひと呼吸ぶん黙って私を見た。眼鏡をクイッてやった。きらり。傾きかけた秋の日差しが反射する。手塚が光を放っているみたいで神々しいけどちょっと怖い。

「小森が俺を好きだという事に俺は気付いている、と言ったんだ。さっき、俺が気付けばいいのにという意味の事を話していただろう。だから訂正を」

ジーザス!!!!!

「て、てづか」
「ああ」
「…………おぅふ」

手塚国光、ポーカーフェイスなどと呼ばれるけれど、いつもいつも見ている私には分かる、微かな表情の変化を顔にのせるひと。
今だって、一見無表情に見えるけど私には分かってしまった。気付けてしまった。ちょっとうきうきしてて楽しそうな目。少しだけやわらかな口元。
手塚、嫌がってない。………………喜んでる? いやあまさかそんなだってキャー…

「手塚手塚、ちょっと待って!」
「そう、桜キャパオーバーで倒れそうだからちょっと待って!」
「……倒れられるのは困るが」

よろめいた私を支えてくれる友人たち。ありがとうありがとう、今この状況は主に君たちのせいだけどありがとう…。

「て、手塚は、桜が手塚の事をその…好きって、いつから気付いてたの?」

おぅふ。
友人Aの直球過ぎる質問は手塚ではなく私の心にクリティカルヒットした。
ほんとだよ。いつからだよ。恥ずかし過ぎるんですけど…。

「いつから…か。はっきりとは思い出せないが、小森の視線を感じたのは1年のときからだったような…」

律儀にも正直に答えてくれる手塚。まじかよ。2年も前からバレていたとか。

「はっきり分かったのは今年の修学旅行の後からだな。クラス中の女子が小森を応援しているのが分かった」

おぅふ。

「わ、分かってたんだ…」
「分かっちゃってたんだ…」

私たちの驚きに、手塚の方が驚いたようだった。

「……まさか、俺が気付かないとでも思っていたのか? 本当に?」
「…………」

で、ですよねー。としか言いようがない。
毎日キャーキャーやって、手塚以外にはバレバレだったもん。手塚にもバレているとは今知ったけど…。
……なんか、なんか。申し訳ないな、ってじわりと泣きたくなった。
知らぬは当人ばかりなりって勝手に思い込んで、盛り上がって楽しんでて。いい気持ちしなかっただろうな。それなのに気付いてない顔をずっとしててくれた。

「あの、手塚、ごめんね」

私が謝ると手塚の表情がまたちょっとだけ動いた。

「何故、謝る?」
「だって。勝手にキャーキャー騒がれて、うるさかったでしょう? 迷惑だったよね。ごめんなさい」

私が頭を下げると、友人たちも慌てて頭を下げた。

「うちらもごめんね! 騒いだのうちらなの、この子じゃなくて」
「そうそう! 私たちは面白がってたけど桜は本気なの。だから許してやって」

おいおい面白がっていたのかよ……と思いつつも、彼女たちの友情に涙が出そうになる。

「……許すも許さないも」

手塚のその声が、あんまり聞いたことのない色をしてたから私はそろそろと顔を上げた。
そして見たら、手塚の顔も、今まで見たことのない色、表情をしていた。
困ってる……? だけじゃなくて。
目がちょっと揺れてて。頬がいつもよりほんの少しだけ紅みを持って。口元、何かを言いたそうに、でも迷ってるみたいに微かに震えてて。
そんな手塚は初めてで。

「手塚……? もしかして、嫌じゃないの?」

もしかしてもしかして。まさか。でも。
ほんの少しは、期待しても、いいの?

祈るように、じーっとじーっと見つめてしまったからか。手塚がちょっと笑った。

「…小森は、いつも真っ直ぐに見るんだな」

おぅふ。

「ぶ、不躾で重ね重ね申し訳ない…」
「いや、真っ直ぐで気持ちがいいと思っていた」
「…はい?」
「友達と盛り上がっているのも、楽しそうでいいと思っていた。うるさいとか、迷惑に感じた事はない。そういう素直さは少し眩しくて、俺も好きだと思ったんだ」
「…………」

待って。え。
両隣で友人たちがひゅうっと息をのんで、私の頭上でがしっと手を取り合ったのが分かった。ねえちょっと人の頭の上で。
……じゃ、なーくーてー。

「手塚。その、それはその」
「何だ」
「その、『好き』っていうのは、そのさ、例えば、うな茶漬けを好きだとかそういう意味での」
「小森」

やれやれと溜め息をつかれた。え、あの手塚に溜め息をつかれるとか、私どんだけ?

「分かっていて焦らしているのか? それとも俺がそんなに信用できないのか」
「え、ええと」
「女性として好きだと言っている」

うわあお。
私の口はぱっかんと開いてしまった。手塚が可笑しそうな顔をする。そう、私、みんながポーカーフェイスだって言う手塚の表情を少しは読める。だってずっとずっと好きで見てたから。だから今の台詞が冗談かそうじゃないかも分かっちゃう。
キャー!ってかわいい声をあげた友人たちが、私の背中をどーんと押した。正確には突き飛ばした。ちょっと乱暴だけど優しくて大好きな彼女たちに押されて一歩、少しよろけて二歩、それから次は自分の意思で顔を上げてもう一歩、二歩、私は手塚に向かって歩き出す。
まだ自分の口で伝えてない、自分の気持ちを言う為に。バレバレでも関係ない、ちゃんと言うからね、今。
銀杏の木の下に立ってる手塚は、私を待っている。秋の日差しと金色の銀杏の葉の効果でキラキラしてやっぱり神々しい。あ、あと恋の効果もありますね、彼がこんなに光って見えるのは。
願わくば彼から見た私も、少しは光って見えますように。ふいに思って、それからついさっき「眩しい」って言われたこと思い出して瞼がじわじわ熱くなった。ほっぺたも。
一歩踏み出すごとに、世界は鮮やかに色を変えていく。




『文末企画』に参加させて頂きました。文末担当:shiro)


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