序章
――偶然は必然だ
「―――うわあああっ!!!」
「ひ、ひいっ!! 誰か……!!」
―――助けを求めても、それを聴く者はなし。
訪れたのは、惨劇と悲劇。
村中がパニックに陥り、逃げ惑う。
その間に生まれた隙。それを逃す程人間という存在は馬鹿ではなかったらしい。
逃がさんとばかりに銃口を、剣先を村の者たちに向け、―――無慈悲にもそれを放った。
…訪れる、静寂。
先程までの戦いが嘘だと言わんばかりの静けさがやけに耳につく。
その静けさが残る中、人間達の軍は勝利した。そう、人間の軍は。
それが去っていった途端に聞こえたのはか細い少女の嗚咽だった。
静かなこの土地で、自身の耳に届くにはその程度の嗚咽で十分。
じゃり、と足を一歩踏み出し、嗚咽の聞こえた方へと体の向きを変える。
澄んだ空気に似合わない金臭さ。それをなるべく気にしないようにしながら思い切って足を踏み出す。
日がそろそろ昇るだろう、という時刻の出来事だった。
人間たちの欲が、この村を滅ぼしたのは。
本来なら自分もそれを行った一人として認識されたはずなのだが、…どうにも運命というのはうまくいかないらしい。
自分ただひとりだけが、隊からはぐれてしまったのである。
それほどドジなわけでもない。…なのに、どうしてなのだろうか。いつの間にか見失っていたのだ。
そして、ここにたどり着いた時に目にしたのは、逃げ惑う者たちの姿とそれを追うように燃え盛る炎。
それを、自分は呆然としながら見つめていた。
生きている者たちを殺そうなどという考えもとうに忘れ去り、自分はただ立ち尽くしているだけ。
ただ、その炎がここを焼き尽くすのを見ていただけ…。
そして、日が沈もうとする時刻まで自分はそれを見つめていた。
足が、動かなかったのだ。
その場から、どうしても立ち去ることができなかった。心に残るのは、どうしてなのか罪悪感だけ。
そして、見つけたのだ。
「―――誰か、居るのか」
皆、もう灰になった者ばかりだと思っていた。運がいい奴もいるものだ、と心の中で悪態をつく。
誰かいたのなら、それをどうするか。
嗚咽を漏らしていることから男ではないことは間違いない。
それでは女子なのだろうか。そうしたらどうするべきだろう。
頭の中を埋め尽くす考えは、その生き残りをどうするかというものだけ。
これで放っておいて、後で厄介なことになったら更にまずい。
そうすれば、自分はきっと、不名誉の人物として書物に残るだろう。
それだけならいい。
…自分の恩人とも言える人物にまで、被害が及ぶこと。
それを、今自分は一番懸念しているのだ。
しかし、歩みを進めて見つけたのは女子ではあったが、…まだ幼い子供だった。
自分の声に反応したのだろう。肩をびくりと震わせ、膝を抱え込んでいる。
自分は、何故かはわからないが、…その少女を一目見た瞬間に思ったのだ。
―――護りたい、と。
どうしてなのかはわからない。
ただ、わかったのはひとつだけ。
―――自分に、この少女は殺せないということ。
「…そんな、怯えなくても良い」
少女の目は、目の前の少年に釘付けになった。
なんせ、少年はこの時代には珍しい、銀髪碧眼の容姿だったのだから。
―――"この時代には珍しい、銀髪に蒼い瞳"
吸い込まれそうなくらいに儚いその姿。
それに、少女は釘付けになったのだった。
「共に、来るか?」
差し伸べた手を、意外にも少女は取った。
潤んだ瞳で見つめられ、必死に己の手にすがりつく少女。
彼女の心は、もう壊れかけていたのかもしれない。
だから、この時伸ばされた手に思わずすがりついてしまったのだろう。
もし、この時自分と少女が出会わなければ―――。
…彼女は、こんな辛い運命を歩まずとも済んだのかもしれない。
(20121216:公開)
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