幕間‐追想‐ | ナノ

間‐追想‐

―これは記憶で全てを失う兆候だ






「5歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとう、父様、母様!」


 そう言って、父と母は笑っていた。
 しばらく家族で囲炉裏を囲い、夕餉が続く。
 夜の帳が降り、いつもなら眠る時間になっても囲炉裏には火が入ったままだった。




「父様、まだ眠らないの?……薫兄様と母様はどこに行ったの……?」


 少女は、つい先ほど母に連れられて部屋を出て行った兄の行方を訪ねる。
 父親は、心配するなと豪快に笑った。


「薫は5歳になったから、母様からお話があるんだそうだ」
「そうなの?とくべつなはなし?」
「そうだ。特別なお話なんだよ。だから、千鶴は邪魔しちゃいけない」
「薫兄様ばっかり、ずるい……」
「はっはっは!そう言うと思っていたんだよ。大丈夫、千鶴には父様から大事なお話をしてやるからな」
「ほんとう!?」


 父親は手に明かりを持ち、囲炉裏の火を消す。少女の手をとって、戸を開いた。


「どこに行くの……?」
「千鶴には、薫以上に大切な話をしなくてはならないからな。父様も全部覚えていないから、裏の小屋に行くんだよ」


 そう言って連れてこられたのは、少女たちが住む屋敷より一回り小さな家。
 中に入ると、周りの棚という棚にびっしりと本が並べてあった。


「いいかい、千鶴。よーく聞くんだよ」
「はい、父様」




 ――鬼たちはね、もともとは一つの場所に住んでいたんだ。
 けれど、二百年くらい前だったかな、"関ヶ原の戦い"という戦が起こった。その戦いには鬼たちも巻き込まれたんだよ。
 そして、父様や母様、千鶴や薫は雪村という名字だろう?その"雪村"の一族……というより頭領は、徳川家康に味方したんだ。
 ん?徳川家康は誰だって?……今、この国をまとめている"幕府"というものがあるだろう。その一番上に立っているのが"徳川"一族だ。その先祖様が"徳川家康"というんだよ。


 それでな、話を戻すぞ。父様や千鶴の先祖にあたるその"雪村一族の頭領"が味方したということは、雪村一族が徳川に味方したことになる。
 最後はまぁ……関ヶ原の戦いで、雪村の一族が味方した徳川軍は勝利して、薩摩やらは負けた。それから幕府は"江戸幕府"になったんだよ。
 しかもな、すごいんだぞ。その先祖の生まれ変わりは――銀髪と蒼い瞳をして生まれ変わってるそうだ。

 
 まあ前置きは置いといて。……前置きが長い?はっはっは、気にしたら負けだぞ。


 ひとつだった鬼たちはそれぞれの軍に味方し、勝った一族もいれば、負けた一族もいる。
 その"一族"とひとまとめにしているがな、見た目では変わったところは特にないんだ。……じゃあ何で"一族"に分かれているかって?それを今から話すんだよ。
 "一族"の住わっていた土地には特別な力があった。ここ、雪村の里には"雪・水・氷を操る力"、西の風間の里には"火・炎を操る力"がな。
 そしてな、徳川に味方した雪村の頭領と結ばれた少女の子孫のみ、それ以外の特殊な能力を授かるようになっているんだよ。……ああ、千鶴は知らなかったか。
 千鶴にもあるんだぞ?察するに――呪符を扱う力かな。まあその使い方はこのあと教えるから楽しみに待っているがいい。


 先に進まないからもう少しペース早めで話していくぞ。……ほらほら文句言わない。


 その里の頭領となるものには"千"という字が入った名前が与えられる。そして、その土地の力を使えるのもその頭領だけだ。
 頭領と認められれば、その力をどんな場所でも使いこなすことができるんだよ。父様だって使えるんだぞ、ほらほら。……本に水がかかるからやめて?千鶴は冷たいなあ……。
 そして、だ。
 この里の次期頭領には――5歳の誕生日にその"力"が与えられる。


「じゃあ、わたしが次期頭領なの?」
「そうだよ。千鶴の名前には"千"が入っているだろう?」
「じゃあ、ほかの一族はどんな力を持っているの?」
「そうだな……代表的なのはあれだな、京に住む鈴鹿一族の透視能力」
「ほかには?」
「天霧一族は土地ではなく、空間に魅入られているから"風"だそうだ。不知火一族は"土・木"……」
「へえぇ……」


 それでな、千鶴。
 雪村一族の分家筋に生まれた"戒"と"律"という双子を知っているか?
 ひとりは剣術に興味を示し、もうひとりは体術に興味を示しているっていう、あの珍しい武闘派の双子だ。
 知っているか。千鶴は情報通だなあ。……父様から何回も聞かされた?……そうだったか?覚えてないな。
 その双子が、明日から千鶴に仕えてくれるのだそうだ。いつも一緒にいて、千鶴を守ってくれるんだろう。なんでって?
 いやあ、まあ、父様は明日から千鶴を守ってやれないからなあ。
 とりあえずこのあと紹介するからな。で、その二人と一回試合してみるといいかもしれない。彼らがいろいろ教えてくれるはずだからな。


 ん?なんで明日から父様が千鶴を守れなくなるかって?







 ――答えは簡単さ、父様は明日死ぬからだよ。




























 そう、明るく豪快に笑って父様は言った。



























 そして、翌日の夜が明けてもいない時刻に雪村の里は炎に飲み込まれ、父様と母様は、




















































































































































 死んだ。















































(どうしてあんな風に笑っていられたのか)
(私にはわからないんです、父様)





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(20130520:公開)


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