Episode04





「まさか木刀に変えるだけでここまで試合も変わるとはな。相変わらず素晴らしい剣さばきだった」
「ありがとうございます…」
「にしても千鶴強くなったなあ。途中から殺しちまうんじゃねぇかってヒヤヒヤしたぜ」
「大丈夫です。木刀では人は殺せません(多分)」
「その木刀で本気で俺を殺しにかかろうとしてたのは誰だ」
「さあ、誰でしょうか。……とりあえず殺してはいないんですし、いいじゃないですか」


 本当に木刀で試合をやるとは思ってなかった。
 試合は一応斎藤君の勝利に終わったけれど、彼女の動きはどこか久々に動かしたような感じがあったから、もっと試合を重ねていけば斎藤君にも勝てるかもしれない。
 彼女の速さは尋常ではなかったから。まるで風のような、そんな軽やかな動きだけれど、その剣筋はとても綺麗で、重い。
 いつの間にか見惚れてしまっていたくらい、彼女の試合は美しかった。
 こんなに強いのに、女の子にしておくのはもったいないなあ。たまに手合わせをお願いしてみようかな。彼女ならきっと僕とも対等に戦える。


「まさか斎藤君をあそこまで本気にさせる女の子がいたとはね。あ、剣道的な意味でだよ?」
「当たり前だ。……それに千鶴については特別だからな。千鶴の速さは普通の人並みではないのは見ていてわかっただろう」
「うん。ね、今度は僕と手合わせしてよ。斎藤君とできるんだから僕ともできるでしょう?」
「竹刀…ですか?」
「ううん、木刀で。……で、僕が勝ったら何か一つお願い聞いてよ」
「なんでそうなるんですか。ていうか木刀なんですか?」
「いいじゃない、ご褒美くれたって。こんな強い子と戦うのは一君以来だもん。それに斎藤君とは木刀でやって僕と戦う時には竹刀ってのはないよね。平等だよ平等」


 じゃあ今やりますかという千鶴ちゃんの一言に、僕は大きく頷いた。
 斎藤君以来の強い子だ。…どんな戦い方を見せてくれるのか、正直楽しみでしょうがない。


「……斎藤先輩、審判お願いします」
「……仕方ない。さっさと構えろ」
「はいっ」



「……行くぞ。…………始め!!」



 ―――そして結果はギリギリだけど僕の勝ち。
 彼女の素早さは想像以上だった。鍔迫り合いにならなかったらきっと打ち込まれてたんだろうな。
 自分の実力じゃなく、運に頼るなんてことは初めてだった。
 彼女は『やっぱり久々だと体が鈍っててだめですね』なんて斎藤君と話してるし。しっかり練習もして試合に臨んだらどれほど強いんだろう。
 彼女の武器は力ではなく、速さ。そして素早い順応力に柔軟さ。敵の剣筋を見極めてしまえばあっさりと彼女のテリトリーだ。


「…強いね、千鶴ちゃん。こんな強い人材は斎藤君以来かな」
「私は全然強くないですよ。ただ速さを中心に動いているだけなので」
「それがすごいんだよ。ていうかどこで剣道やってたの?こんな強い子を出すくらいなら、師範の先生はもっと強いんだよね」
「ええっと…剣道自体のルールは本とかで読んだだけで、あとは兄と手合わせしたりしてただけなので、道場には通っていないんです」
「……は?」


 驚きの声を上げたのは僕だけではなかった。
 斎藤君や左之さんも、千鶴ちゃんの方を見て唖然としている。もしかしてこの二人も知らなかった事実なのかな。


「……そのお兄さんは道場に通ってたの?」
「いいえ。兄は独学で剣術を学んでました。ほんとに少しだけ本で剣道のルールとかを確認した程度で…」
「兄というのは…」
「あ、蒼の方です。あの銀髪碧眼の」
「あああれか…。今も銀髪なのか?」
「はい。転校する前は教師に『いい加減黒に染めてこいって何度言わせりゃ気が済むんだ雪村ぁぁぁぁぁ!!!!』なんて追いかけられてましたね。
父も母も銀髪なんて誰ひとりいないのに、自毛が銀髪なんて不思議ですよね。まあそれが蒼兄さんなんですけど。相変わらず突っ込みどころ満載なので楽しいです」
「ものすごく蒼が不憫に思えるが…」


 銀髪碧眼ねぇ…。それはそれは目立ったんだろうな。
 その教師がどうも土方さんに思えてくるのは気のせいかな。うん気のせいにしておこう。土方さんのことなんて思い出したくもないや。
 千鶴ちゃんに教えたってことは、かなりその蒼って人も強いんだろうな。ってか斎藤君は千鶴ちゃんと知り合いなのに、そこまで知らないの?
 …よくわからない。


「あ、あの、沖田さん」
「ん?なに」
「また、手合わせしてくれますか…?」


 それは、僕から言おうとしていたこと。
 同じことを千鶴ちゃんも思っていてくれたんだなと思うと、とても嬉しくなる。うんと頷けば、千鶴ちゃんはぱあっと笑顔になった。
 うん、やっぱり千鶴ちゃんには笑顔が似合うな。いつもの作り笑いじゃなくて、普通の可愛い笑顔。
 この子はどうやら僕たちと同じらしい。剣術が大好きなところとか、斎藤君にそっくりだ。


「……当たり前。君みたいな強い子は久しぶりだしね」
「本当ですか!?」


 きらきらきら。千鶴ちゃんにきらきらとした瞳を向けられて、不覚にも顔が赤くなりそうになる。
 そっぽを向けば、左之さんや斎藤君が笑っているのが解ってもやもやした気持ちがずしんと胸の奥に落ちていった。


「で、僕が勝った訳だからさ」
「へ?」
「僕のお願い、聞いてくれるよね」
「……そんな約束しましたっけ」
「あれ、約束破る気なんだ?千鶴ちゃんって薄情だね」
「薄情でもなんでもいいです、沖田さんのお願いは絶対確実に嫌な予感しかしないので嫌ですごめんなさい許してください……!」
「そんなに拒否されると僕としても傷つくなあ。……何、僕が言いそうなことに予想がついてるの?」
「土方先生の趣味のノートとってこいとか、斎藤先輩に抱きつけとか、原田さんと剣術で試合して叩きのめせとか言いそうです……!」
「最初のと最後のはやってもらってもいいけど……二つ目のは嫌かな。……そんな大変なことじゃないよ」


 ていうかそこまで僕が言いそうなことを予想できるって、ある意味千鶴ちゃんはすごいよ。
 こんな短期間で僕のことをこんな理解できる子なんてほとんどいないんじゃないかな。
 ……あれ、でもちょっと待って。なんで千鶴ちゃんが僕が土方センセイのノートを取るなんて予想できてるの?


「……っていうか、千鶴ちゃんさ、僕について詳しいよね?」
「別に好きで詳しいわけではないです、ただ噂をかなり耳にするだけですー!」


 千鶴ちゃんのジャージの襟元を掴んで逃さないようにすれば、案の定顔を真っ赤にさせて必死に逃げようとしている。
 その様子がどこか可愛らしくて、僕の口元は自然とほころんでいた。
 っていうか僕の噂ってそんなに流れてるものなの?そうだったらちょっと迷惑かな。


「総司、そのへんにしておけ。あんたは原田先生と一緒に片付けをして来い。……千鶴、お前は今のうちに――逃げろ」
「はいっ!!」
「え、ちょっと斎藤君空気読んでよ!千鶴ちゃんもそこで即答しないで!」
「まあまあ落ち着けって総司。とりあえず片付け行くぞ。……あと、あまり千鶴を困らせるなよ?千鶴がお前を嫌うことはないと思うが……距離置かれるかもしれねぇぞ」
「は?」


 ――"千鶴がお前を嫌うことはないと思うが"って。
 ……まるで、千鶴ちゃんが僕を元から好きだって言ってるみたいじゃない。そんなことはありえないのに。
 僕は千鶴ちゃんを嫌いになるわけないけど、……千鶴ちゃんの気持ちは僕にはわからない。……あれ、『僕は千鶴ちゃんを嫌いになるわけない?』
 

「ま、とりあえずこれは俺からの餞別だ。大事に使えよ」


 そう言って左之さんに手渡されたのは一枚のメモ用紙。
 そこにはメールアドレスらしきものが一つだけ綴られていた。


「なんですこれ。左之さんの新しいメアドですか?」
「違ぇよ。つか何で俺から渡す餞別が俺のメアドなんだ。千鶴のだよ、千鶴の」
「は!?」


 さらにわけがわからない。何で左之さんが千鶴ちゃんのメアドを知ってるの。ていうか千鶴ちゃんはいつ左之さんにメアドを……。
 ていうか何でそれを僕に渡すわけ。……左之さんの考えてることがさっぱり読めない。それがモテる男の思考ってやつ?
 でも、まあいっか。逆にちょうどいいと思うし。……僕のお願いを言わせてくれなかったから、メールで今日言おうとしたお願い以上のことを言ってあげるよ。
 覚悟しておいてね。今ここで言っても千鶴ちゃんに聞こえてるはずないけど。


「まあ感謝はしときますよ。ありがとうございます」
「しときますよって、お前なあ……」


 とりあえず、僕はもらったメアドをすぐさまケータイに登録した。



***



 帰りが妙に早かった斎藤君が気になって問い詰めてみたら、案の定千鶴ちゃんと一緒に帰る約束をしているらしい。
 案外こういうところで斎藤君は抜け目がない。もしかしたら一番のライバルは斎藤君なのかもという疑惑がすぐに浮かんできそうだ。
 とりあえず、二人きりで帰すというのは僕が許せないから僕も一緒に帰ることにする。


「このあとはまっすぐ帰るわけ?」
「いや、道場の方に連れて行く。……近藤さんや土方さんも居るだろうからな」


 あれ、っていうことは千鶴ちゃんは近藤さんや土方さんと知り合いなの?相変わらず突拍子もないところで知り合ってるんだな。
 僕がいない時に限ってみんなが集まっていたのだろうか。それならば僕ひとりが仲間はずれということになってしまう。
 僕だけ、千鶴ちゃんに今まで会ったことがないなんて。いつからみんなは千鶴ちゃんを知っていたのだろうか。


「それよりもさ、斎藤君、いつ千鶴ちゃんと知り合ったわけ?僕そんなの全然知らなかったんだけど」
「まあ総司は知らないだろうな。……俺も会うのはかなり久しぶりだ」
「それ答えになってないんだけど」
「……いつ、なのかはよく覚えていない」


 そう言った斎藤君の表情がとても懐かしんでいるように思えて、僕はまたあとで聞けばいいかとそこで質問をやめる。
 昇降口に向かえば、下駄箱の前で座って待っていた千鶴ちゃんが立ち上がるのが見えた。
 どうやら、先程僕から逃げてずっとここで待っていたらしい。……そういう律儀なところはやっぱり千鶴ちゃんらしいや。
 ってあれ、千鶴ちゃんのことをそんな風に言えるくらい、僕は千鶴ちゃんを知ってるんだっけ。
 本当に今日はおかしい一日だと思う。


「お疲れ様です、沖田さん、斎藤さん」
「うん。ていうか千鶴ちゃん、斎藤君のことはさん付けで呼んでるんだね?」
「あ、はい。前からの癖なので……」


 とりあえず行きましょう、と千鶴ちゃんは心から嬉しそうな笑顔でそう言った。







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