Episode03






 授業が終わり、HRの時間になる。先生の長い話を聞いているふりをしながら僕は隣の席の千鶴ちゃんの方に目を向けた。
 彼女もしっかりと先生の話を聞いているようで聞いていない。優等生そうなのに意外だなと思う。
 このあとの予定は確か―――部活が6時まででそのあと道場で8時まで過ごすんだったな。千鶴ちゃんは一人暮らしらしいから親への連絡は必要ないらしい。
 ついでだから道場で夕飯も食べていけばいいのにな。
 そんなことを考えていたら、いつの間にか長い長い先生の話も終わり、全員がいそいそと扉へ向かっていくのが見えた。


「……沖田さん、部活に行かれないんですか?」
「んー?行くよ?準備は出来てるの?」
「はい」
「よし、じゃあ行こうか。剣道部は体育館で活動してるから、体育館用のシューズも忘れずにね」
「あ、はい。ありがとうございます」


 ぺこりと軽くお辞儀をして、千鶴ちゃんはスクールバッグを背負い直す。教科書類をきちんと持って帰っているらしい彼女の鞄はとても重そうだった。
 何も言わずに彼女の鞄に手を伸ばしてその鞄を奪えば、彼女は驚いたように僕の方を振り返った。


「え…、…お、沖田さん……!?」
「いいから。置き勉しないなんて偉いね千鶴ちゃん。見ていてとっても重そうなんだもの、見てるこっちの鞄まで重く感じちゃうよ」
「う…ごめんなさい……。………あ、ありがとうございます…」
「どういたしまして。…それじゃ、急ごうか。そろそろ始まってるだろうしね」


 僕が空いている方の手を差し伸べれば、千鶴ちゃんもためらいがちにだけどしっかり僕の手を握ってくれる。
 それがどうしようもなく可愛く思えて、抱きしめたくなるのを必死で我慢した。…どうして抱きしめたくなんてなるのか、自分でもよくわからなかったけど。
 千鶴ちゃんは顔を赤らめうつむきつつもしっかりと僕の手を握ってくれている。だから離れそうになることもない。
 どうしても、どうしてもそれが嬉しかったんだ。自分でもわからないくらいには。


「ほら着いたよ千鶴ちゃん。あそこにいる面とかつけてる集団が剣道部。部長は―――今ものすごい形相でこっち見てる斎藤君」
「………」
「斎藤君さ、そんな鬼みたいな形相してこっち来ないでよ。巨神兵みたいに見えるよ?」
「見えていて結構だ。…総司、何回言えば分かる?部活には遅れるなとあれほど念を押しただろう―――」
「今日は見逃してよ。……紹介するね、千鶴ちゃん。剣道部の部長で同じ学年の斎藤一君だよ。何かあったら頼るといいかもね」
「あんたは―――…」


 何か言いたげに斎藤君が千鶴ちゃんを見つめる。…もしかして知り合いなのかも、なんて可能性も考えたけれど、千鶴ちゃんの反応からして知り合いではないみたいだけど。 
 斎藤君のこの微妙な反応がどうも気になって仕方がないけれど、とりあえず気にしない方針で。
 千鶴ちゃんは斎藤君に律儀に挨拶をしている。……僕と会った時との反応が大違いすぎてある意味ショックなんだけど。
 ほわあという擬音が付きそうな可愛い笑顔を初対面のはずの斎藤君に振りまいてくれちゃって。しかも斎藤君も斎藤君で表情がめちゃくちゃ柔らかいし。

 …ほんとなにこれ。


「…剣道部に入りたい、か。相変わらず突拍子もないな、あんたは」
「それが私の取り柄みたいなものですし。……マネージャーでも構わないのですが」
「ああ。正直言ってしまえばあんたの腕は確かに必要だと思うが……女子剣道部自体がないからな。たまに部員と手合わせするくらいなら認めてやれるが」
「いいんですか?じゃあ斎藤さ…いえ、斎藤先輩、手合わせお願いします」
「早速か。確かにお前らしいが…………仕方ないか」


 訂正、訂正。
 さっき『千鶴ちゃんの反応からして知り合いではないみたいだけど』って言ったけど、訂正。
 今の会話を聞いていればどうやら二人は知り合いらしい。しかも、とても長い付き合いのように見える。
 ていうか千鶴ちゃん、何で斎藤君に手合わせ申し入れてるの。男と女の体格差とかもあるのに。


「ちょ…斎藤君さ、千鶴ちゃんに斎藤君の相手ができると思ってるの?」
「ああ」


 即答なの?
 というツッコミは入れられなかった。…否、入れることが出来なかった。
 すぐに斎藤君は千鶴ちゃんの方を見て用具の場所を教え始めてしまったから。……どうもさっきからいろいろ引っかかりすぎてしょうがないけど、今だけは気にしないことにする。
 ……今までずっと斎藤君とは幼馴染として一緒だったから、殆ど相手のことは知り尽くしてるはずなんだけどなあ。千鶴ちゃんのことは全く知らなかった。
 剣道部部長になれるくらいに強い斎藤君に即答させるくらいの実力、かあ。

 …あ、また興味が湧いてきたかも。


「それじゃあ準備をしてきてくれ。……久々だからな、経験を積んだお前がどれくらい成長したのか気になるところだ」
「それはこっちのセリフですよ斎藤先輩。私は前とは違いますから―――ちょっと負ける可能性が高くなってますけど」
「ああそうだな。……だが手加減は無しだ」
「もちろんですとも。…審判は?」
「左之あたりにでも頼むか。……恐らく体育館の準備室あたりにいるだろうから、呼んできてもらえるか?」
「あ、わかりました」


 ―――だからさ、本当になんなのってこれ。
 気心知れたような会話がどうも気になってしょうがない。斎藤君にはこれまでにこんな打ち解けられる人は殆どいなかったけど、千鶴ちゃんだけはどうも別らしい。
 そして、そのあとやって来た左之さんも千鶴ちゃんの知り合いらしかった。『久々だな千鶴!』なんて笑顔で話しかけているのを見て、何も言えなくなる。


「何、左之さんも千鶴ちゃんの知り合いなの?」
「ん?……あ、ああ……まあ、な」


 歯切れの悪い返事を返されて、さらに問い詰めようと口を開いた瞬間。


「斎藤さん、木刀はないんですか?」
「さすがに今の時代では使わないな。基本は竹刀だ」
「……木刀でやりたかったです」


 突拍子のない会話が聞こえてまた何も言えなくなった。
 "木刀"なんか使って試合なんて危なすぎるとは思わないのかな。…あ、でもそんなのより危ないものがあった気もする。
 斎藤君も斎藤君で、ため息ついたと思えば何で木刀をとってきてるのかな。そもそも防具無しって…。

 この二人はどうも今の時代とはかけ離れた思考を持っているように思えて仕方ない。


「……本気で行きますよ」
「……ああ」
「それじゃあ原田さ…んせい、よろしくお願いします」
「さんせいって何だ、さんせいって」
「ごめんなさい先生です。うっかりこの口が間違えてしまっただけなので気にしないが勝ちです」


「―――はあ…やっぱり相変わらずか。じゃあ行くぞ?……………始め!」









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