第七幕
――孤独、そして、
一旦部屋に帰されて、千鶴は完全に一人きりになる。部屋に監視役の幹部が一人いるということを除けば、だが。
しんとした静けさが部屋を満たす。江戸に戻ることができなかったなあ、と人ごとのように考えた。しかし、江戸に帰ったあとの目的はここで果たされたのだから良しとしよう。
着物の袂から銀色の首飾りを取り出す。日に当たると七色に輝く羽飾りだ。これは、白虎から頂いた信頼の"証"。千鶴はきゅっとそれを握り締めた。
(……時間は、あまり残されていないみたいだし)
めっきりと白虎族に属する、"金"属性の守護者が減ってきていることは千鶴の耳に届いていた。
ほかの種族の守護者が"守護者討伐"をしているのだと知ったのはいつだっただろう。どうしてそんなことをするのか千鶴にはわからない。
しかし、唯一分かったことといえば、その"守護者討伐"をしている者が五獣を裏切ったということだけ。何らかの良くない計画でも存在するのかもしれないと推測している。
けれど、推測は推測。千鶴は減った"守護者"を補充するために、新しい守護者を集めなくてはならなくなった。このままでは森羅万象が崩れる。それは一番最悪なルートだ。
「それだけは、絶対に食い止めなきゃ」
「何を食い止めるのだ?」
「ひゃっ……!?」
いきなり声をかけられ、千鶴はびくりと肩を揺らす。そうだ、今は監視がついているのだ。それを忘れていた。
カラリと襖が開き、仏頂面の斎藤が千鶴を見下ろす。彼の瞳には冷酷な光が宿っていた。絶対に逃げられない。そう本能が告げる。
「何を計画している」
「私は何も計画などしておりません」
「私"は"?」
「私ではなく、私の知らないどこかで、この世界を崩そうとする計画があるだろうと推測しているのです」
「お前の話は不可解だ。いきなりそう言われても何がなんだかよくわからん。……最初から、もう一度説明してくれないか」
それが、斎藤にとっての慈悲なのだと一瞬で察した。この人は優しいのだ、きっと。しかし、それに対して冷酷にもなれる――そんな人だと千鶴は思った。
そう言えば先程もいきなり話を始めてしまったから、きっとほかの人も話が飲み込めていないだろう。
ならば、先に斎藤に詳しく説明をして、あとから補足を入れてもらえれば。そうすればもっとわかりやすく説明できるかもしれない。そう考えた。
「先程は唐突に話し出してしまいましたが……聞いてくださるのですか?」
「そうだ、と言っている」
「斎藤さんなら、きっとわかると信じます。分からなければ聞いてください。理解できれば、それが一番なのですから」
長くなりますが――と一言付け加え、千鶴は話し出す。自身を語るには、あまりにも話は長すぎた。
だから、必要なところだけかいつまんで話す。自身の持てる情報から、必要最低限の情報だけ引き出して。
**
千鶴は気がついたら一人だった。本当の意味で、独り。幼い頃から頼れる者もなく、独りでここまで生きてきた。
出自などはよく覚えていない――。恐らく記憶喪失にでもなったのだろう。ぼんやりと霞がかって、鮮明に思い出すことができずにいる。
独りで自給自足しながら生きなければならなくなってすぐ、自分が空気を動かせることに気がついた。雨が降って、屋根のあるところまで走っている時に、ふわりと後ろから押されたのだ。
そして、空気だけでなく、風も操れると知った。何日もかけて練習して、自在に操れるようになった。そんなある日、千鶴の前にひとりの巫女が現れる。
問われたのだ――【あなたは風使いですか】と。
はい、と答えれば、その巫女は言った。【あなたに頼みたいことがあるのです】
手を差し出され、千鶴はためらいなくその手をとった。そして、案内されたのは白虎の住まう西の洞窟。そこに、白虎は眠っていた。
巫女は、なにやら呪を書かれた布で顔を隠していた。だから顔は覚えていない。見る気もなかったからそんなこと、今更どうでもよかった。
白虎は、洞窟の広間に寝そべっていた。何やら陣が描かれていたが、それはもう薄くなってしまっている。
しかし、その広間に足を踏み入れた瞬間、その陣が凄まじい光を放った。
だんだんそれが弱まり、消えようとしたとき、ゆっくりと白虎のまぶたが持ち上がった。銀の瞳が千鶴を選別するように見据える。
その時、何かが自分の中に流れ込んだのが分かった。それが何だかはその時はわからなかった。そして白虎はそのまま瞳を閉じた。
いつの間にか横に来ていた巫女は、告げる。
『全ての記憶と持てる力をお渡ししました。あなたがやらなくてはいけないことは、全てあなたの中にあるはず』
ふ、と彼女が笑った気がした。表情は全く見えないのに、それだけはわかる。
『過去と、そして未来。全ては繋がっています。……どうか、全ての生命に安寧を。終焉を迎えるには、この世界の生命たちはまだ若すぎますから――』
そこで、世界は真っ暗になった。光も何もかもが消え、自身の中の強大な力を前に、小さく丸まって、自分を抱きしめることしか出来なかった。
*(20130811:執筆、公開)