15 俺は海堂渚だから[渚side]
不二と一緒に水を貰いに行ってしまった有梨。
「薫……」
「なんだよ」
「俺、なんか変なこと言った……?」
昔の記憶が正しければ、有梨は"夕月"っていう名前でニマ動で活動してたはずなんだけど……もしかして、NGワードだった……?
向かいに座る弟は迷惑そうに俺を見る。
「ちゃっちゃと本音言っちまえばいいじゃねえか」
「は? ……お前、俺があの子の事好きだとか思ってる?」
「だってなんか、いつもとちげぇし」
「俺が?」
「おう」
まあ、確かに、事情を知らない人から見たらそう見えるよな。本当に違うのに……
「それに、こんな人がたくさんいるとこで、眼鏡外したり、前髪あげたり、いつもそんなことしねえじゃねぇか。いつもガード堅いのに、今日は緩すぎだ」
「
え、なんか俺説教されてる?」
ビッとパフェ用の長いスプーンで俺を差す弟。
まあ、確かに、それは無意識だったし、緩んじゃいけないことだった。
「いつもは身体が一番とか言うくせに、そんなびしょびしょになって。風邪ひいても知らねえぞ」
「
あ、説教だ。大丈夫、濡れたのは前髪と足くらいだし」
「次の仕事はいつだ?」
「明日」
「
馬鹿か。先輩たち戻ってきたらすぐ帰るぞ」
「えー」
「
は?」
「
スミマセン」
そう、俺は普通の中学生ではない。"仕事"をしているのだ。バイトとかではなく、ちゃんとした、仕事。俺一人が欠けるとたくさんの人に迷惑がかかる仕事。
だからいつもより薫はカリカリと俺に説教をするのだ。礼儀正しく、他人に迷惑をかけず、借りはなるべく作らない。それが海堂家のしきたりだ。
「……そういえば、名前、同じだな」
「ん?」
薫が何かに気付き、持っていたスプーンを手元に置いた。
「あの人も、"五十嵐"って……」
「……ああ」
そう、俺の元の名前……いや、"もうひとつの名前"も、"五十嵐"なのだ。
「ま、それは偶然さ」
本当は、その名前で活動することで、昔を忘れなくて済むとか、正体がバレないとか、いろいろ理由はあるが……一番の理由は、"俺"に気付いてほしいからだった。
まあ、その前に俺のほうから有梨を見つけてしまったのだが。
無意識に、水を汲みに行った有梨の後ろ姿を見る。
それを見て、薫は溜め息をついた。
「何が何でも連れ帰るからな」
「ハイハイ。今日は諦めます」
俺は今は、"海堂渚"だから。渚の人生が、大事だから。
prev /
next