8 受け入れるか、信じるか
あ、と思わず声が出た。
ぼんやりしてたらダブルス2が終わってしまったみたいだ。結果はやはり原作通りか。
(次の試合は……)
シングルス2、樺地vs手塚だ。手塚、怪我大丈夫かな。
確かこの試合の途中で雨が降り出したんだっけ?
と、原作を思い出しているところで他のことを思い出した。
(そういえば、四天宝寺と不動峰の試合も今日だっけか?)
青学と氷帝の試合も気になるが、そちらも少し気になる。
ちょっとだけ覗いて来ようかな、と私は腰を上げた。
*
「有梨先輩?」
「うわっ」
「
うわ……?」
「びっくりしただけだからそんな傷ついた顔しないで光!!」
四天宝寺と不動峰の試合をしているコートを覗きに来ると、自販機帰りと言う光に会った。
「なんや、有梨先輩、来てるなら教えてくださいよ」
「え、あ、ごめん?」
「ま、会えたからええけど」
なにこの子かわいい
「なにこの子かわいい」
「
口に出てます」
クスッと笑う光に私はまたもやノックアウトされそうになった。
いやいや、それよりも!
「こんなとこで私と喋ってていいの? 試合中でしょ?」
「んー、まあ今回は俺補欠なんで、いいでしょ」
なんかデジャブ。
そっか、四天宝寺vs不動峰は財前は出てなかったか。
確かに、不動峰が棄権に追い込まれてたイメージがあるからな。
「で、もしや俺の応援来てくれたんですか? 立海の試合はとっくに終わってますよね?」
「あー、うん。会場着いた時にはもう終わってた。……から、青学と氷帝の試合見てた。で、そういえば四天宝寺もやってるなあって思って覗きに来た」
「なんや、応援やないんか」
「うん、だって――」
君らは勝つから。そう続けてしまいそうになった私は、言葉を飲み込んでから愕然とした。
――私、原作を受け入れようとしてる……どうせこっちが勝つ、こっちが負ける、そうやって無意識に試合を"眺めている"だけになっていたんだ。
私は唇を噛み締めた。
『原作通りにやらせてたまるかって意気込んでたんだけどさ、関東大会決勝負けたし……』
昨日仁王が言っていたことが思い出される。
違う。立海が、仁王たちが、優勝する。
信じて応援しないでどうする。
原作通り進まないのかもしれない、なんて前はあんなに悩んで原作通りじゃないことを信じていたのに。
「有梨先輩?」
「あ、ごめん」
転生した不二、宍戸、謙也、そして仁王。彼らはきっと葛藤の中で目の前の相手と必死に戦っているのに、私は――
「……ごめん光、私、応援しなきゃね」
「? どうしたんすか急に」
「いや、眺めてただけだったからさ、申し訳なくて」
「俺は有梨先輩の顔見るだけで元気出ますけどね」
「
なんか今日デレ多くない?」
やって、会うの久しぶりやし、なんてそっぽを向いてしまった光。
かわいい奴め。
――ポツ
「あれ?」
頬に何か当たったような気がして、空を見上げると、黒い雲がいつの間にか広がっていた。
「……雨、か」
「げ、まじすか」
「まじすわ」
かなり強い雨になって今日の試合は中止になるはず。
「私は傘あるから大丈夫。光、早く戻ったほうがいいよ」
「えー」
「明日も行くからさ」
「……約束ですよ?」
上目遣いで私を見る光。
か、かわいい……
「絶対来る」
「……んじゃ、我慢しますわ」
そんな会話をしているうちにも、雨はポツポツと降ってきた。
「帰り、気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう。明日もがんばってね、光」
「当たり前っすわ」
微笑んだ光は小走りで四天宝寺のベンチに戻って行った。
ハアー、何度見てもイケメンだ……
私は鞄から折りたたみ傘を出しながら、青学と氷帝の試合をしているコートに小走りで向かった。
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