暁の空へ | ナノ


  129 怜緒の記憶


ピッピッ


規則的な音が響く中、俺はその場にへたりこんだ。


「……井ノ原、燐」


有梨が言っていた名前。

俺は……この名前を、知っている。


「燐……」


俺は"井ノ原燐"を、知っている。


「り、ん……っ、」


鋭い痛みと共に、脳裏に途切れ途切れの映像が映し出される。



【兄ちゃん】


"自分"と同じ、真っ赤な瞳をした――


【燐、母さんや父さんには内緒だぞ】

【ありがとう兄ちゃん!】


「燐……」


燐……井ノ原燐は、俺のたった一人の兄弟だった。

でも……何故か、両親は燐が嫌いらしく、俺が燐と遊んだりするのも嫌がった。

だから、俺はこっそり燐と遊んだりしていた。


【まだあの子と遊んでるんじゃないでしょうね、怜緒】

【遊んで、ないよ】

【良かった。さあお勉強の時間よ】


俺は両親が嫌いだった。
俺は燐が好きだった。

大人になったら燐を連れてすぐこの家を出ていってやる、そう思っていた。

でも、日に日に両親の燐への当たりが強くなって……


【燐……ごめんな……ごめん、燐……】

【……俺は兄ちゃんがいればそれでいいよ】


燐は、死んだように生きていた。


そんな時、学校から帰ると珍しく燐が嬉しそうに窓から空を見上げていた。

両親がいないことを確認して燐に話しかけた。


【燐、何か良いことでもあったのか?】

【……良い人に会ったんだ】

【お? 女か?】

【……うん。ちょうど兄ちゃんくらいの女の人】

【やるじゃねえか、燐】


俺は本当に嬉しかった。
死んだように生きてた弟が、こんなにも目を輝かせて、明日を楽しみにしてる。

こんなに嬉しいことは今までにないほど、嬉しかった。


「燐、」


頭痛が酷くなり、思わず頭を押さえて蹲った。

また新たな映像が流れる。


【兄ちゃん、今日嬉しそうだけど、何かあったの?】

【ふふふ、何とな、兄ちゃんはこの度非リア充を脱したのだよ】

【ひりあじゅう?】

【彼女ができたってことだよ!】

【え、おめでとう!】


これは……有梨と会った後か。


……いつからだろう。
燐との関係がぎくしゃくし始めたのは……。


【兄ちゃん……最近パソコン開いてばっか】

【ハハハ! そりゃねえぜ夕月。お前の旦那はこの俺だろ?】

【……俺に、構ってくれなくなった】


……そうか……、俺が、夕月に出会ったから……


俺が、夕月とばかり話していたから、燐にかけていた時間が、減っていったんだ……


……燐、今頃何してるかな。
泣いてねぇかな。
俺がいなくなって……寂しがってねぇかな。


「燐……」



……?



何かがひっかかる。

何だ?

燐、

俺は何を忘れているんだ?



【なあ、夕つ――】

【だめ……っ!】







キキイイイィィィ







「っぁ、」


突然巨大な音が頭に響く。
俺は冷や汗を床に垂らしながら、気を失わないように必死に耐えた。

これは……あの、事故……!!




【……え?】

【夕……月……?】

【有梨……?】

【……救急車……救急車だ、早く……!!】

【おい……お前、何だよ、その手は……】

【ぇ……】

【まさか……あんたが有梨を……っ、人殺し……!!】




「っは、はぁ、はぁ、」


違う。

思い出した。


俺は有梨に話しかけようとしていたんだ。
でも、有梨は道に飛び出して……













燐を、庇ったんだ





















ガンッ!


「五十嵐!」
「おま、ここ病院! しゃらっぷ!」
「どっちもうるせぇよ……」


けたたましい音をたて、有梨の病室に入ってきたのは……


「仁王、忍足……」


仁王の背にいる少年の、赤い瞳に俺が映る。














「……兄ちゃん」
「燐……?」

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