暁の空へ | ナノ


  127 ……誘拐


ぱちりと目を開けると、元いた所――少年が転んだ現場に立っていた。

自分の格好を見ると、立海のジャージ。
手を握ったり肩を回したりして感触を確かめる。

うん、戻ってきたんだ。


「戻ってきたか」
「……お前、」


声のした方を見ると、少年が真っ赤な目で俺を見上げていた。
膝からだらだらと血が流れた跡があり、痛々しい。
でも血は固まっていて、止まったみたいだ。


「お前に聞きたいことは山ほどある。でも今は時間の勝負だ」
「は?」


俺は少年に背を向けてしゃがんだ。


「乗れ。病院までダッシュだ」
「病院って……五十嵐、有梨のいる?」
「他にどこがある」


ほら早く乗れ、と急かすが、少年が近付く気配がない。


「早く乗れってば」
「……ダメ、だ」
「はあ?」


俺が振り向くと、少年は俯いて唇を噛み締めていた。


「何がダメなんだよ? ああ、あれか? 五十嵐を殺すのどうのって話か? それなら、お前とあっちの世界のお前は別人だって俺はわかってるから」
「……違う、んだ」
「何が」
「……会いたくないんだよ」
「五十嵐に?」


少年は首を横に振る。

ただでさえ時間がないのに少年の説得に時間かけてどうすんだ俺、と俺は内心焦ってつい怒ったような口調になってしまった。


「会いたくないのは五十嵐有梨じゃ、ない」
「じゃあ誰だよ」


少年が言おうか迷っている間、俺は隙を見て強行突破してしまおうかと考えていた。


「……宍戸、亮」
「……宍戸?」


しかしその思考は少年の言葉に打ち切られた。
……宍戸?


「何で?」
「……」


少年は黙り込む。
これじゃあ拉致があかない。

……よし、


「めんどくせえな」


強行突破だ。


「え? う、わ、ちょっと!」


俺は少年を担ぎ上げ、病院まで走り始めた。


「何してんだよ下ろせ!」
「やなこった」


暴れる少年をものともせずダッシュする俺。
"久遠俊"ならできないが"仁王雅治"ならできることのうちのひとつだ。
無駄に体力筋力ともに揃えたからな。


「あ、そうだ」


俺は少年を担いでいない方の手で携帯電話を取り出し、ある番号にプッシュした。

何回かのコールの後、電話の相手が出る。


《もしもし?》
「あ、不二か? 仁王雅治です」
《知ってる。どうかした?》
「至急五十嵐のいる病院に来て欲しいんだけど」
《! 有梨に何かあったの!?》
「いや。いいや……」
《どっちだよ》
「まあとにかく事情は後で説明するから来てくれ」
《……わかった。すぐ行く》


不二はOK。
あとは……

携帯電話の電話帳を上から見ていくと、ある人の名前で俺の手が止まった。
……ま、ダメもとで聞いてみるか。

また俺は電話をかける。
ちょっと緊張するな。

電話の相手はすぐに出た。


《もしもし》
「お、おう! 颯太か……じゃなくて忍足謙也か!」
《! お、おう、俊……じゃない、今は仁王か》


電話の相手は忍足謙也に成り代わった竹城颯太――俺の親友。
この前一回話したけど、成り代わってから二人で話すのは初めてだ。


《ほんま驚いた。ほんまに俊かいな?》
「そうだって言ってるだろ。それより今五十嵐がピンチでさ」
《は?》
「ちゃんと手を貸して欲しいんだけど」
《ちょ、五十嵐に何かあったん?》
「詳しく説明してる暇ないから簡潔に言うと、これから五十嵐に話しかけて目を覚まさせます」
ますます意味わからんわ


左腕で少年を担ぎ、右手で電話しながら走ることに少し疲れが出てきた。
でも少し前方に信号があり、赤に変わった。


「本当は病院に来て欲しいけどそんなんできるわけないし、電話でいいから五十嵐に話しかけて欲しいんだ」
《今病院の近くやけど》


俺は赤信号の横断歩道の前で止まった。
でも完全に止まると足が重くなりそうなのでその場で足を動かし続ける。

そこでやっと、謙也の言葉が頭に入ってきた。


……今何て?


と聞こうとしたら、横断歩道の向こう側に金髪が歩いていた。


《ちょうどうちの親父がこっちに来る予定が――》
「後ろ」
《ん?》
「ちょっとその場で止まって回れ右」
《は?》
「はい、いーちにーさん」


俺の声に合わせて金髪は面白いくらいぴったり動く。

回れ右した金髪に向けて、俺は携帯電話を持った右手を上げた。
金髪も気付いて片手を上げる。

そして、俺に近付きながら一言。


《……誘拐
違うからな

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