1 恋をした。
私は確かに、あの時 貴方に恋をしていました。
自室の鍵を回してドアを開けると、一気に気だるさが襲ってきた。電気を点ける気力もなく、そのままベッドに倒れ込む。
ぼんやりと天井を見ていると、先ほど言われた言葉が思い返された。
『結婚、しませんか』
結婚。
社会人になって早5年。27歳になった私は、そろそろ結婚を考える時期にあるのではないかと、思う。
でも……頭を過ぎるのは、あの人の顔。
だから私は即答できなかったのかもしれない。
嗚呼、私は――
その時、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。重い腕を動かしてそれを取り出し画面を見ると、"彼" からのメッセージが届いていた。
《もし良ければ、また明日会って話したい》
スケジュールを思い返すと、明日は仕事は休み。ごろりと寝返りを打ってから、そのメッセージを見つめた。
明日、かぁ……少し自分で考えてから返事をしようと思ったけど……。……でも、自分独りで考えるより話し合ったほうがいいのかもしれない。
私はゆっくりと指をスライドさせた。
*
恋をしたのは、高校一年生の夏だった。
「谷地さん、ボール出しお願いします」
「あ、はいっす!」
どこまでもバレーに真剣で、ストイックな――影山飛雄くん。
最初はちょっと怖いなと思ったこともあったけど、技が成功した時に見せる笑顔に、私は簡単に墜ちてしまった。
「お疲れ様です、影山くん」
「あざっす」
練習後、片付けも終えて、二人で体育館の入り口の階段に並んで座り、少し涼しくなった夜風にあたりながらドリンクを飲む。
会話はほぼないようなものだったけど、この時間が好きだった。
空を見上げると、夜空には星が満天に輝いていた。隣にいる影山くんを見ると、影山くんもドリンクを飲みながら空を見上げていた。
「綺麗だね」
「そうっすね」
また、空を見上げる。
……想いを告げてしまおうか。
そう思った。でも、告げることはなかった。
今までも何回か告げてしまおうかと考えたことはある。でも、影山くんはバレー一筋だし、断られるのは目に見えている。それに、私の事情で部内の空気を悪くしたくない。
影山くんにとって一番大事なのは "バレー" だから。
だから――私は、この想いに鍵をかけた。
……はずだった。
「谷地さんは影山に告白しないの?」
「はい!?」
高校二年生の春。隠し続けていた想いを言い当てられてしまったのだ。部活の帰り道、バス停までの道を同級生である山口くんと歩いていた時だった。
「あれ、違った?」
「え、は、いや、え、……え!?」
「ははは、谷地さん動揺しすぎ」
そりゃ動揺もしますわ! 必死に隠して忘れようとしてたのに!
「多分本人と日向あたりは気付いてないだろうけど……結構わかりやすいもんだったよ」
なんてこった。穴があったら入りたい。いや、埋まりたい。いっそのこと殺してくれ。
衝撃の事実に撃沈する私を横目に、山口くんは笑って、でどうなの? とさらに聞いてきた。
やめてくれ、私のライフはもうゼロよ……
「告白しないの?」
……告白するのか、しないのか。その答えは、もう随分前に出していた。私は溜息をついて答えた。
「しないよ……部内の雰囲気壊したくないし……今は、大会の方が大事だから」
「……………………そ、っか」
そうだよね、と山口くんはまた笑った。その顔に、私は気付いてしまったのだ。
「もしかして山口くんも告白したい相手が?」
「へ!? ま、まっさか〜俺なんて、そんな、告白するなんておこがましいっていうか――あ」
「いらっしゃるんですねー!!! 誰? 誰?」
私ばかりでは不公平だとばかりに山口くんに詰め寄る。山口くんは顔を真っ赤にして、やっぱ今のナシ! と手を振った。
「私口はダイヤモンドよりも硬いから大丈夫だよ!」
「それ違う硬さじゃ……っていうかいないよ! いないからそんな相手なんて!」
「またまたそんなこと言って」
「ほんとだって!」
山口くんが、あまりにも真剣で……でも悲しそうな顔で言うから、私は思わず息を呑んだ。
「確かにそういう相手はいないことはないけど……告白しようとは、思わない、よ」
「……どうして、……」
「……きっと、困らせるだけだ」
――こう言った時の山口くんの困ったような……悲しそうな笑顔が、瞼の裏にこびりついて離れなかった。
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