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  【弱ペダ】拝啓 荒北靖友様。


荒北靖友生誕祭2016

荒北誕生日おめでとう(4/2)

とある女の子から見た荒北靖友の一生を描いた作品となっております。
オリジナルキャラクター登場・死ネタ・捏造注意です。
読んだ後の苦情は一切受け付けませんのであしからず。


















拝啓 荒北靖友様



貴方は幸せでしたか?








貴方と出会ったのは、高校の時でしたね。

荒北靖友。その名前のヤンキーが一年生にいるという噂は、私も耳にしていました。
あの頃は、まだ貴方の頭も心もとんがっていましたね。
引っ込み思案な私はクラスに馴染めず、よく裏庭で授業をさぼっていました。
そう、出会った場所はその裏庭でしたね。


「……オイ、パンツ見えてっぞ」
「ぎゃあ!」


私は木の上に登っていました。貴方はそれを下から見上げていましたね。
貴方を見下ろすと、頭のタケノコで貴方の顔が半分以上見えず、とりあえず雰囲気で『怖い人』なんだなと思いました。
貴方は、パンツ見られたくなきゃ早く降りろ、と言いましたね。でも私は木から降りませんでした。


「ね、猫ちゃんが、いるんです」
「ア゛ア?」


そこに、と私が木の上の猫を指さすと、貴方はかなり驚いた様子で私に怒鳴りつけました。


「早く言えよバァカ! んで早く降りろ! それ以上見たくもねぇモン見せんな!」
「で、でも猫ちゃんが……」
「っだあああ!! 俺がやるからさっさと降りろっつってんのォ!!!」
「ヒッ」


貴方はあの頃驚くほど口下手で……ああ、いや、口下手はいつまで経っても直りませんでしたね。
でも私が木から降りた後すぐに木に登って猫を助けてくれた貴方を見て、優しい人だと、私は確信していました。

その日から『猫を見に』という建前で、私はしばしば貴方に会いに来ていました。いつも、私が裏庭に来た時はもう貴方は猫に餌をあげていましたね。


「まァた来たのかよ。授業出ろ、授業」
「それを言うなら荒北くんだって」
「俺ァいいんだヨ」


何故だかわからないけれど、猫に向けていた優しい表情を、私にも向けて欲しかったんです。





しかし突然、貴方は来なくなりましたね。
貴方が来ない日は、私が代わりに猫の世話をしていました。

久しぶりに会った貴方は、髪をさっぱり切っていて、昼休みにフラリとやってきましたね。


「あンがとね、猫の世話」
「ううん。元は私が助けようとしてた猫だし」


それから彼は、自転車競技部に入ったこと、そこには鉄仮面やニヤケ野郎、うぜぇカチューシャがいることなど、楽しそうに、嬉しそうに話してくれた。


「"前を見ろ"」
「え?」
「鉄仮面が、言ったんだ。自転車は前を向かなきゃ走れねえって」


この時は貴方の言っていることがよく理解できなかったけど、貴方の表情は前よりもずっと柔らかくて。良い人に出会えたんだな、と私も嬉しくなりました。


「お前も気が向いたら、前向いてみればァ? 世界って、結構広くて明るいんだぜ」


貴方のこの言葉に、私もちょっとだけ勇気を出してみようかな、と思えるようになりました。
貴方が頑張っているところを見ると、自然と私も勇気をもらうのです。




私は次の日の朝、入学早々あまり馴染めなかった私のクラスで……教室に入ってから、初めて顔を上げて前を、周りを見てみました。
すると、おはようと声をかけてくれる子がたくさんいました。私も頑張っておはようと返しました。
嬉しかった。顔を上げるだけで、前を見るだけで、こんなにも違うなんて。
その時、貴方が言ったことの意味がやっと理解できました。世界は結構広くて明るい。本当にそうだなと思いました。




それから私は授業に出るようになり、貴方は部活に専念するようになりましたね。
猫の世話は朝と昼休みと放課後にしかできなくなってしまったけど、多分それで充分だったんだと思います。
貴方もたまに猫の餌を私の下駄箱に置いていったりしてくれましたね。たまに、次のレースの予定が書かれたメモも入っていたりして。

私は毎回必ず応援に行っていたんですよ。直接話すのは何かこそばゆかったから、こっそりですけれど。
自転車に乗っている貴方は、輝いて見えた。かっこよかった。本当に。貴方が走っているのを見る度、私は息をのんでしまいます。息を止めて見入ってしまいます。それくらい貴方の走りは目を奪うものでした。

なんとかこの感動を伝えたくて、貴方が私の下駄箱に猫の餌を置く前の日に、貴方への手紙を置いてみました。貴方はその度律儀に返してくれましたね。このご時世に文通って何だよ、と今なら思いますが、手紙は残るからいいものです。





何とか進級して、二年生、三年生へと無事に上がってきた私たちは、ほとんど会うこともなくなっていましたね。相変わらず猫の餌は定期的に下駄箱に置いてあったけれど。会わない期間が長すぎて――文通しているからという理由もあったかもしれませんが――お互いに、顔を合わせて話すことが恥ずかしかったんだと思います。そうですよね?

でも、三年生のインターハイ……貴方にとって高校生活最後のレースで貴方がリタイアした時は、そんなこと考えている余裕もなく貴方のところに駆け寄っていました。目を閉じて息を荒くしている貴方の手を握っていました。
貴方は、手を握ったのが私だと気付いていたのか、いなかったのか、それはわかりませんが、私の手を握り返してくれましたね。そのお陰で、担架で運ばれた後も貴方の傍にいることができたのだけれど。でも箱学の自転車競技部の子にじろじろ見られて、それはそれで恥ずかしかった。

意識がはっきりしてきて、私を見て最初に言った言葉を貴方は覚えていますか?


「……かっこ悪ィな」


この時、貴方に対して初めてちょっと怒りを覚えました。


「かっこよかった。すごく。本当に。感動してちょっと泣いちゃった」
「嘘つけ。ペース考えないで走って自爆だぞ。今日はこんな姿見せたくなかったのによォ……」
「あはは、本当に"福ちゃん"が好きなんだね」
「は? ちげーよお前だよ!!」
「え?」


突然起き上がった貴方は、私の手を握りしめて、目を見て――真っ赤な顔で、言ってくれましたね。


「好きな奴には、恰好つけてえだろうが」


やっぱり貴方は、恰好いいです。







大学は離れてしまって、なかなか会えませんでしたね。正直とても寂しかった。
でも貴方との連絡は途絶えることはなくて、私は頑張れることができました。

大学卒業後は文系の私が一足先に就職し、貴方は大学院に入りましたね。自転車の部品の開発、貴方らしいと思いました。できればもっと走る貴方を見ていたかったけれど。


大手企業に内定も確定し大学院を卒業した後で、突然貴方が私の実家を訪ねて来ましたね。あれは本当にびっくりしました。
スーツ姿で、髪もぴっちりとして。貴方は私の両親に頭を下げて言いましたね。


「娘さんを、僕にください!」


そんな話は初耳だ、と私の両親が言ったのを覚えています。だって、私も初耳でしたから。
でも、私にとっても貴方にとっても、この先ずっと一緒にいることは当然のことのように思っていたので、結婚については私は別に驚きませんでした。


結婚式にはたくさんの人が来てくれましたね。特に、元自転車競技部だった人たちが大泣きしていたのを覚えています。
私のお友達もたくさんという程ではないけれど、招待状を出した人はほとんど来てくれて。私は幸せ者だなと、貴方の隣で思いました。


「もっと幸せにしてやんよォ」







一人目の赤ちゃんが産まれる時、貴方は仕事を休んでずっと私の手を握っていてくれましたね。あれは本当に心強かった。
手を握るってすごいね、と私が陣痛の合間に言うと貴方は笑って、だろ? と言いましたね。


「高校最後のインハイ三日目……リタイアした後、ずっと手ェ握っててくれたじゃナァイ? 今だから言うけど、あれすげぇ心強かったんだわ。あンがとね」
「……なんだか私が死ぬみたい」
「は!? 死ぬなよ!? 死なせねえよ!?」
「あははびっくりしすぎ」


初産でちょっと時間はかかったけれど、無事に元気な女の子が産まれてきてくれました。貴方は泣いて喜んで、いろんな人に電話をかけていましたね。その後すぐに新開さんと福富さんが来たのには驚きました。二人とも、泣いて喜んでくれて。貴方は良い友達を持っていますね。


「女の子か〜可愛いなあ〜」
「アッてめ、新開! きたねぇ手で触んなよ!?」
「鼻と眉がお前にそっくりだな、荒北」
「照れるからやめろ福ちゃん!」




男の子が欲しいと貴方はよく呟いていましたね。よく覚えています。きっと子どもと一緒に自転車に乗って走りたかったんですね。
そんな貴方の願いを神様が聞いてくださったのか、二人目の子どもは男の子でしたね。私も嬉しかったです。

ああ、そういえばこの頃でしたね。貴方が家を買ってくれたのは。建築関係の仕事をしている友達に頼んで建ててもらうんだと楽しそうに話してくれましたね。私の意見も取り入れてくれたりして。二人目が産まれて退院した後に初めて家に行った時は感動して泣いてしまいました。

それからは、育児の毎日でしたね。貴方も仕事が大変なのに、家のことも手伝ってくれたりして、私は貴方が倒れてしまわないか心配でした。でも貴方はいつも言っていましたね。


「体力はあるほうだし、それにお前と子どもの顔見たら疲れなんて吹っ飛ぶんだヨ。だから大丈夫だって」


そんな貴方が気胸で倒れてしまった時は心臓が止まるかと思いました。大したことがなくて本当に良かった。


「あなたも若くないんだから。ちゃんと食べて、ちゃんと休んでください」
「へいへい」





子どもの学校のイベントには必ず出席してくれた貴方。

上の子の小学校の運動会の時。
同じ小学校の一つ上の学年に、元自転車競技部の後輩だったという真波さんの息子さんがいるということで、貴方は父兄リレーで真波さんと全力で競い合っていましたね。後輩に負けたくないこともあったのでしょうが、娘に恰好いい姿を見せたかったのでしょうね。あの迫真さはビデオを回しながら笑いを堪えるのに必死でした。

少し時が経ち、今度は下の子の小学校の運動会。
下の子は貴方の教育のおかげか、既にロードバイクに乗っていて、負けず嫌いで。徒競走で二位を獲った時は大泣きして。
貴方は男同士の話をしてくるとどこかへ行き、一時間ほど後に戻ってきた時には下の子は泣き止んでいて、そしてしっかりと前を向いていましたね。さすが、貴方の息子です。

おっとりした性格の上の子とは違い、活発な下の子は自転車競技部のある私立中学に行きたいと言いましたね。
勉強も自転車もやってやると言い切った下の子を見て、貴方がこっそり涙を流していたことは今でも内緒にしていますよ。

上の子は上の子で自転車をいじることに楽しさを覚えてしまい、四六時中ずっと貴方の自転車を整備して磨いて。
本当に、さすが貴方の子どもたちです。


高校は二人とも箱根学園で、寮に入ってしまいましたね。
子どもたちが家を出て行ってしまったのは寂しかったけれど、貴方と二人でゆったり過ごす時間も心地よかった。



上の子が自転車競技部の彼氏を連れて来た時は勝負を持ちかけて娘に相応しいか競争したり、下の子がレースに出る時は応援しに行ったり。貴方の人生も私の人生も、大部分が自転車だったのではないかと思います。本当に、自転車という乗り物は素敵ですね。







「おー、懐かしいモン出てきた」
「あら」


上の子が結婚して家のものを整理している時、箱根学園自転車競技部、ゼッケン2番のユニフォームが出てきましたね。
貴方は何を思ったのかおもむろにそれを羽織って、


「……持って行きてえな、これ」


と、呟きました。相変わらず言葉が足りなかったけど、長年連れ添った私にはその意味はすぐに理解できるようになっていました。


「私が見送る時は、必ずそうしますよ」
「……あー、そうだな。頼んだわ」


その代わり、貴方が私を見送る時は貴方はうんと悩んでねと言うと、貴方は考えとく、と笑いました。







考えてくれましたか? どんな答えが出てきたんですか?


聞いても、貴方はもう答えてくれません。
あまりにも早すぎです。もしかしたらあの時既にこうなることを予感していたのですか?

貴方は孫の顔をちゃんと見てから、あちらに行きましたね。ほっとしたのでしょうか。今では私たちの初孫はハイハイできるようにまでなっていますよ。その姿もちゃんと見てから行って欲しかったものです。

やせ細ってしまった貴方にユニフォームを着せてもらったら、案外ぶかぶかで。それくらい痩せてしまったのだと思うと涙が溢れてきてしまいます。でも、やっぱりあなたにはこの青いユニフォームがよく似合う。


最後になるこの手紙も、あなたにあちらに持って行ってもらいますね。
そっちで、私のことを待っていてください。絶対ですよ。



敬具















追伸


私は、とても幸せでした。


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