5 菅原さんちの双子のお兄さんは寂しがり屋
運命とは、時に残酷だ。
何で……どうしてっ……!
もっと……もっと、一緒に居させてくれよ……っ!!!
俺の悲痛な叫びは
誰にも届かない。
「……孝支」
菅原さんちの双子のお兄さんは寂しがり屋「なあ、何でだと思う?」
「……公立と私立、あるいは強豪と堕ちた強豪の差、かな」
合宿前日の朝。
合宿用の大きな荷物を持った孝支と俺は、家の前で別れを惜しんでいた。
烏野は夜行バスで今日の夜に東京へ出発するからだ。
ちなみに青城は明日の朝の新幹線で東京へ向かう。
……何故だ
「どーっして無駄にほぼ1日離れなきゃなんねぇんだよ!!!!!!」
その事実に気付いたのは一昨日。
目的地が同じなのに何で無駄に1日離れなきゃならないワケ?
ふざけてる?
俺マジで青城の職員室乗り込んで監督に頭下げに行ったからね。烏野と一緒に行かせてくれって。
でも烏野のバスも青城の新幹線の席も部員数ぴったりで予約してるから無理だな、と論破されました。
その後に "だったら烏野の誰かと俺交換して行けば良くね?" とか思ったけどそんなことでひとさまに迷惑かけるわけにもいかないので諦めました。俺偉いでしょ。
「もうさ、ほんとさ、学校行ってる間離れてるだけでも辛いのにさ、1日とか堪えられるわけないじゃん……」
「ごめん悠支……俺が烏野に行ったから」
「孝支が謝ることない!烏野行くの断って無理矢理青城行ったのは、俺なんだし……」
俺は会話の空気にいたたまれなくなって、自分のポケットから四角い箱を取り出し、孝支の手に滑り込ませた。
「え、何これ?」
「アレだよアレ。夜とか使うかもだろ。えっと……名前ど忘れした……何だっけ……」
「……っ!///そんな、俺にはまだ早――」
「そう、携帯充電器だ!」
「……」
「寂しくなったらいつでも何時間でも、これで充電しながら電話できるからな!」
「……」
「悠支のばかああああああああバスの中にコンセントあるからああああああああ」
「えええええええごめんいってらっしゃいいいいいいいいいい」
*
あー……これから約24時間孝支に会えないのかー……とそんなことを考えながら青城に着いた俺。
孝支が家出発した後すぐに家出たからギリギリ朝練には間に合ったよ!
「お、菅原、おはよう」
「おう、岩泉!今から部室?一緒行くー」
「おう」
下駄箱に置きっぱなしの体育館シューズを取り出そうと、下駄箱の扉を開けた。
ガチャバササササササッ
「……え」
「……ぶっ(笑)」
何かが大量に俺の下駄箱から落ちた。
落ちずに済んだ、下駄箱の中にあるソレを恐る恐る手に取って見る。
[親愛なる菅原悠支様(ハート)]
その一行を見ただけで俺は持っていたソレをクスクスと笑っている岩泉に投げつけた。
バシィッといい音がした。
「痛ぇよ(笑)」
「笑えるなら大丈夫だ」
とりあえず落ちたそれらと下駄箱の中に残るそれらをまとめてわしづかみにする。
そして余った片手でシューズを取り出してかばんの中に突っ込んだ。
「親愛なる菅原悠支様へ、ハート。貴方様の真の姿の愛らしさに胸を打たれてしまい――」
「音読すんな岩泉」
所謂、ラブレターと言われるその紙たち。
何だ、何でこんなことに……
「おい、これ、お前……」
「あ゛?」
ここ読んでみろよ、と岩泉に指差された所を読む。
[及岩も岩及もいいですけど飽きてきたところでした(><)
及菅&菅及ごちそうさまでした^q^]
「……お前飽きられてるぜ、いいのかよ」
「ターゲットが変わったことに安心を隠せません。ドンマイ」
腐女子は森へお帰り!!!
*
「おっす」
「おっすー」
青城には一応マネージャー専用の部室があるらしいが、俺は男なので普通に部員に混じって男子バレー部の部室を使わせてもらっている。
「おはよー菅原くん岩ちゃんさっきぶりー」
「うぜえ」
「おはようございます」
「おはよう国見」
「おっす国見」
「菅原くんガン無視酷い……って、何それ」
及川は俺の手にぐしゃぐしゃに握られてる手紙に気付いた。
「下駄箱に詰めてあった」
「詰めてあった!?ちょ、ちょっと見せて!!」
中身なんて知ったこっちゃねぇから、どーぞと及川に渡す。
そこにわらわらと花巻や松川も加わってきた。
俺は岩泉の隣で着替える。ここが一番安心できるのだよハァドッコイ。
「うわ、お前これ男からも入ってる」
「げ、マジかよ」
「"及川を俺の分ももっと殴ってください、応援してます" だってwwww」
「ちょっと何それ迫害」
「ああ、それなら俺も貰ったことあるわ」
「初耳なんだけど岩ちゃん!?」
「当たり前だ。本人に言ってどうする」
「しかし、ほとんどが女子からだな……」
「これお前の前の彼女じゃないの及川」
「うわ本当だ」
よく他人の下駄箱に詰まってあった手紙だけであんなに盛り上がれるよな……
「この分だとお前の弟もヤバいんじゃねぇの?」
「あ、それは大丈夫」
「随分自信満々だな」
「うん。だって孝支の彼女、俺だし」
「「「……は?」」」
あれ、何か一気に部室の空気が凍ったぞ。
「……孝支の彼女のフリして烏野乗り込んだって言えばいい?」
「……つまり女装したと?」
「そ。さすが松川。見る?俺の女装」
スマホをスッスッといじってポイッと近くにいた花巻に投げた。
「!?これお前!?」
「ふふふ、自分でもびっくりするくらい美女だろ」
「男じゃなかったら惚れてるわ」
本当に女装には自信があるんだよな!
女装して烏野の第二体育館に乗り込んで孝支に手作りお弁当届けた時はすごい騒動になったっけ。
「ま、そのおかげで孝支には彼女いるって思われてるから大丈夫」
「確かにこの美人には敵わねえわ……」
「あとセコムもいるし」
「セコム?」
セコム、で思い出した。
そういえばあいつも烏野だったな……
スマホを返してもらって、俺はとある人物にラインを打った。
[明日からの合宿、俺も行くから\(^o^)/]
*
悠支と離れて16時間が経過しようとしていた。そろそろ辛い。
はぁ、と溜息をつきながら夕食のラーメンのスープに映った自分を見つめた。同じ顔をしている俺の片割れは今頃部活中だろうか。それとも、もう帰宅しているだろうか。
「どうしたんだスガ、体調でも悪いのか?一旦帰るか?」
「あ、ううん、大丈夫」
隣にいた大地が心配して声をかけてくれた。
実は一旦帰ってからまた学校に来てもいいのだが、俺と大地は皆が来るまで自主練してようと思っていた。
影山や日向も自主練したがっていたが、さっき持ち物を確認した時案の定忘れ物があり、帰宅を余儀なくされた。
俺なんかは家近いから今から戻ってもさして問題はないのだが……今悠支に会ったら、きっともう離れたくなくなる。
それに……
"俺が孝支を支える!!"
あの時の悠支の声が頭の中にこだまする。
……頑張って、悠支離れしないとな。
「本当に大丈夫か?スガ」
「大丈夫だって。ちょっと考え事してただけ」
「……悩みがあるなら聞くぞ?」
「ううん、大丈夫。ありがとな」
大地たちには、まだ悠支のことはヒミツだ。
*
「菅原さん、隣いいっすか」
「お?珍しいな影山。いいぞ」
ぽん、と俺は隣の空いている席を叩いた。
影山は 失礼します、と言ってその席に座り、シートベルトを締めた。
ちらりと後ろを向くと、日向は田中や西谷の所にいるようで……さすがにあの中には居られないと影山も思ったのだろうか。
俺はまた座席に座り直した。
すると、あ、と影山が声をあげた。
「菅原さん」
「ん?何だ影山」
「合宿、悠支さんも来るんスよね」
「…………………………は?」
……ちょーっと待って。
それは俺も知ってる。
……けど、さあ?
俺はガッと影山の肩に手を回して小声で話した。
「……何で、知ってるの?」
「? さっき気付いたんスけど、朝 悠支さんからそんな内容のラインが、」
「じゃなくて!!てかラインも交換してるの!?何で!?いつ!?どこで知り合ったの!?しかも名前呼び!?!?」
「……すみません、ダメっしたか?」
「ダメじゃないけど!!」
悠支も何も言ってなかったよ!?
なになになに、俺の知らない間に知り合ってたの?
嘘でしょ?
何で言ってくれないの?
え?
ワケガワカラナイヨ!
「悠支さんとは……中1の時、七○田体育館でたまたま会って、何だかんだでサーブ教えてもらったりしたのがきっかけです」
「中1……ってことは俺らが中3か……」
中3、中3、と中3の時の記憶を手繰り寄せる。
中3の時。
6月で部活引退して受験勉強始めて。
悠支が "お互いの為にもしばらく距離置こう" みたいなこと言い出して。
受験勉強は家以外ではほとんど別々にやってた。辛かった。
……そうか、その時か。
勉強しないで七北〇体育館行ってたのか……!?
待てよでも悠支って、青城に学力特待生で入ったよな……?
え?つまり悠支天才?いや知ってたけど。
「つまり、影山が中1の頃に悠支と出会ってバレー教わってたってことね……」
「うす。烏野に進学するってこと言ったら菅原さんのこと教えてくれて。でも菅原さんにこのことは内緒にしといてくれって言われてたので黙ってました」
「へぇ……」
悠支……次会ったら質問責めしてやるからな……
「……でも、ちょっと納得」
「納得?」
「俺、影山のサーブを初めて見た時、既視感を覚えていたんだ」
「きしかん……?」
「えっと、デジャビュのことだよ。一度も経験したことがないのに、どこかで経験したことがあるように感じること。"影山のサーブどこかで見た気がするなー"って」
「そうなんすか」
サーブトスを上げる仕草、ジャンプの仕方。
確かに及川のサーブが基礎になってるみたいだけど、ちょっとした所は、悠支のサーブにそっくりだった。
「悠支に教わってたなら、そりゃ似てるよな……」
俺はカーテンを少しずらして外に視線を逃した。
「……菅原さん」
「……ん?」
ぴくり、とカーテンを掴む手が震える。
……何となくだけど、聞かれることはわかっていた。
「……悠支さんは、一度も自分でサーブを打とうとしませんでした。トスは何回か上げてくれましたけど……数えるくらいで。……あれだけの実力がありながら、ボールを打とうとしない」
「……悠支さんに、何があったんですか?」
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