いつでもキミを想う 4 二人が楽しそうに酒を飲んでいる間に湯をいただいたヒナタは、ふぅ……と湯船の中で体を伸ばし、首を軽く解す。 ちゃぷんと心地よい湯が音を立てたあとは、なんとも静かな夜であった。 遠くで虫の鳴く声が聞こえ、それがとても心地よく、自然とヒナタは目を閉じる。 ナルトが父であるヒアシと酒を酌み交わす姿を思い出す。 酒のつまみであるなめろうを箸でつつき、ヒナタが二人に酌をすると、それを本当に嬉しそうに呑み、これからの里のことであったり日向のことであったりと、まだ彼女では力になれないであろうことを、静かに二人で語っていた。 その姿はまるで親子のようであり、これではどちらが本当の子供かわからないと思うほどの熱心な語りようであったのだが、それを聞いているナルトの方も真剣で、ヒアシが危惧していることを先読みしたのかそれについての自らの意見を臆することなく語る。 酒の相手は暇だろうと気を利かせてくれたのはナルトであった。 いつものような元気いっぱいの姿も素敵なのだが、こうしてしっとり月と闇になじんでいるナルトも素敵だと眺めていたのだけど、それを気付かれたのかと赤くなったが、単に申し訳ないと思われただけであると理解し、二人の前を辞してきての湯あみとなったのだ。 見送ってくれる二人の優しい眼差しがとても嬉しくて、自然と頬が緩み笑みが零れ落ちる。 何よりも、彼の……ナルトの優しい笑みは心を優しく包んでくれるようで、『自分にだけ向けられるモノではない、そうではない』と言い聞かせているというのに全く効果がなかった。 少しばかり頬を湯の熱とは違う原因からくる赤みで染め上げふぅと息を吐く。 (ナルトくん……大人になったらあんなカンジになるんだ……) とくとくと胸の鼓動が少し早くなるのを感じながらも、先ほど抱きとめられた感覚をまだ覚えているような体に手を滑らせた。 (逞しいっていうのかな……こ、こう……男性らしい感じがして、変にドキドキしちゃう) 普段のナルトにだってドキドキしてしまうヒナタであるのに、そこにプラス男の色香というものなのだろうか、今まで感じたことのない種類のものを突然感じてしまったのだ、無理もないだろう。 何せ、ヒナタはナルト以外の異性に全く興味がないのだ。 ナルトがそういう色気を出さなければ、他の誰にも感じることがないのだから、知り得るはずもない。 (そ、それに……気のせいかな……何だかとっても、優しい目で見てくれてる……ものすごくあたたかくて……愛されてるように感じちゃう……そんなはずないのにね) 思わず自らの思考に自嘲気味に笑うと、鼻上まで湯に浸って口を尖らせた。 (私のバカ……) きっとサクラがいないから懐かしい相手が私しかいないから生じた勘違いなのだ、と自らに言い聞かせ、ヒナタは先ほど抱きとめられた力強さを忘れられず、浴槽の中で感触を忘れようとするかのように自らの体を今一度強く抱きしめるのだった。 少し長湯しすぎたかな……と、少し心配になりつつも二人が宴会をしていたはずの縁側に戻ってくると、そこには庭をジッと眺めているナルトしかおらず、父の姿はどこにもなかったことに焦ったヒナタは慌ててナルトの方へ小走りに向かう。 「あ、バカっ!さっき言ったばっかだろうがっ」 彼女の気配に気づき、視線をよこしたナルトは、ハッとした顔をして声を荒げる。 だが、え?と、ヒナタが思うより先にナルトが動き、先ほど酒の肴を持ってきたときと同じようにヒナタの体が傾ぐ前に抱きとめると、ホッと息を吐く。 同じ失敗をしてしまったと羞恥心でいっぱいになり頭が真っ白になったヒナタは、気配が近いことに気づき、恐る恐る顔を上げると、少し呆れたような顔をしたナルトがいた。 「ご、ごめんなさい……」 申し訳なさがいっぱいで謝罪をすると、その言葉を聞いた瞬間、ナルトの片眉がぴくりと動き、微妙な顔をすると咎めるように言葉を放つ。 「違う、ごめんじゃねーだろ」 「え……あ……んと」 どういう意味なのだろうと、この場合謝罪以外に何があるのだろうと、ヒナタが本気で悩み首をひねっていることに気付いたナルトは軽くため息をついた。 長年かけて彼女に言ってきた言葉ではあったが、この時代の彼女にはまだ投げかけてすらいないのだという事実に気づく。 「あー、そっか、この時代のヒナタにも教えねーとな」 「え?」 何をだろうと見つめるヒナタの様子に、ナルトはこれくらいは許されるだろうと、さらに抱きしめる腕に力を込めながら、彼女の耳元に小さく甘い声で囁く。 「ありがとう……だってばよ。ヒナタ」 「っ!」 耳たぶに触れた柔らかな熱が何であるかなんて考えるまでもない、ただ目測を誤って触れたんだと言い聞かせて、ヒナタは平常心を保とうとするのだが、耳に触れる吐息が近くて思わずナルトの胸にすがりつくと、彼の吐息が熱を持った気がしてどうしていいかわからない。 「言ってみろって、ありがとうって……な?」 「あ……あり……が……んっ」 狙いすましたようにかかる吐息にヒナタは思わず自らが漏らしてしまった声に驚き、口元を片手でふさぐが、その様子は逆にナルトの悪戯心をくすぐったようで、ニヤリと口元に笑みを浮かべるとわざと耳元に吐息がかかるいちで喋り続ける。 「ほら、いわねーと悪戯しちまうぞ」 「や、耳元……でっ」 「んー?なんだってばよ、ヒ・ナ・タ」 「わ、わざとっ」 「悪戯し甲斐があるよなーヒナタってば」 ここまでくるともう上機嫌なナルトを止められる者はいない。 これがナルトの妻であるヒナタであったならば、問答無用で抱き上げてそのまま全身全霊で愛を語るところであるのだが、目の前のまだ妻になる……いや、恋人にすらなっていないヒナタなのだから許されるはずもないのだ。 (あー、もー、ホントに無自覚にオレを煽るのやめてくんねェかな……マジで喰っちまいてェ) はぁ……と熱い吐息が漏れる。 それも致し方がないことと言えた。 何せ、この目の前のナルトは色んな意味で大人であるし、何よりも甘美な果実のようなヒナタの味を知っているのだ。 それを目の前にして我慢しろと言われているのだから、彼にしてみれば拷問以外の何物でもないだろう。 しかも湯上りでほんのり全身が色づき、普段は上げていない髪をアップにして、白いうなじが丸見えで……喰らいついてしまっていいですか?な状態。 ヒナタはヒナタで、自分が知っているナルトとは違う男の色気を間近で感じてしまい、どうしていいのかわからない。 そして彼が先ほどからチラリと流してくる視線は、まるで自らを喰らう獣のように妖しい光を宿しており、我知らず体がぞくりとしてしまい、力強く抱きしめられている体が熱くて仕方がない上に、言葉も出てくるはずもなく、ナルトに翻弄されてしまう。 ただ単に吐き出された吐息にすら色気を感じ、体は過敏に反応してしまうのだからしょうがない。 「もぅ……やぁ」 頬を赤く染めて涙目で見上げてくるその破壊力に、理性の糸がぷつりと切れそうになるのをなんとか堪えたナルトは、とりあえずこの無自覚に煽ってくる自らの未来の妻は、この時代から天然に煽ってくる!とインプットして、問答無用で抱き上げた。 「えーと……オレが泊る部屋、こっちだっけか」 「え、あのっ、どうして、抱き上げっ」 「とりあえずここだと湯冷めしちまうだろ。もうちょい話もしてーし、場所変えようぜ」 「う、うん……あの……でも、私、歩ける……よ?」 そのヒナタの言葉を華麗にスルーしたナルトは、長身になったコンパスをフル活用して部屋の方へと歩き出す。 ナルトの腕に抱かれたままいつもより少し高い目線で彼の進む道から、自らのある部屋の近くである誰も使っていない部屋をナルトが使うのだと改めて知って、驚き彼を見る。 「え、あの……」 「ヒアシのおっちゃんが、そこ使えってさ。あとはヒナタに聞けって言ってたってばよ」 「そ、そうなんだ……」 そういえば酒瓶や食器なども綺麗に片づけられているのを不思議に思い、ヒナタはナルトを見ると、彼は何を彼女が疑問に思っているのか気付いたらしく、目を細めて笑った。 「食器はオレの影分身が片づけてきた。ヒアシのおっちゃんにはさせてねーから安心しろってばよ」 「あ、ありがとう、ごめんね……片づけまでさせてしまって……」 「気にすんな。お客様待遇よりそっちのほうが良いってばよ」 からから笑うナルトに対して、申し訳なさそうな顔をするヒナタの様子に苦笑するが、彼女の性分なのだから仕方ないかと納得し、次いで出てきた彼女の疑問に耳を傾ける。 「父上はもう随分前に?」 「いや、ヒナタが湯から上がってくるちょっと前だってばよ」 「父上のあんな楽しそうな姿、久しぶりだった……ありがとう、ナルトくん」 「そっか、なら良かったってばよ。ヒアシのおっちゃんも色々大変みてーだからな」 酒盛り中に話をしていた内容を思いだしたヒナタは、自らが相談されたこともないような難しい内容をナルトと二人話していたことを思いだし、きっとそうやって相談できる相手がいれば、父も少しは楽なのだろうにと思えば、至らない自らが情けなくも感じてしまう。 「そうだね……私ではお力になれないから……」 そんなヒナタの気落ちした思いが声に出てしまったのだろう、敏感に感じ取ったナルトは目を細めてヒナタに道を示すように言葉を選ぶ。 きっとヒアシが望んでいることはソレだと思ったからであった。 この父と娘はある意味似ているのだ。 不器用で相手のことを思っているのに、うまく言葉に出来ない。 そして、どうしてか悪い方へと思考を巡らせてしまう傾向も似ていた。 (ったく……似たもの親子だってばよ) 苦笑を禁じ得ないのだが、ヒナタが真剣に悩み苦しんでいることを知っているだけに笑ってなどいられない。 少しでも彼女の苦しみを減らせるのなら、いくらでも助力は惜しまないし、出来ることなら何でもしてやりたいというのが、このナルトという人物であった。 何せ、未来では愛妻家として他の里にも知られるほどであるし、その熱愛っぷりも有名な話である。 時折他の里の長に『妻から離れてさぞ寂しいだろう』などとからかわれることもあるが、それを真顔でわかってくれるかと返すのだからタチが悪いだろう。 そんな彼が最愛の妻……まあ、まだ現在は妻ではないのだが……が、暗い顔をしていて平気なはずがなかったのである。 そして、義父であるヒアシの性格を知っているからこそ、この不器用な親子に対しての潤滑油のような役割を買って出ることも少なくはなかった。 「お前は幸せそうに笑ってりゃいい。そうすりゃ、ヒアシの父ちゃんは安心だってばよ」 「……父ちゃん?」 「あ、いや、おっちゃん……な」 ナルトが慌てて訂正するのを聞きながら、ヒナタは小首をかしげるが、それ以上は突っ込まず、ナルトの酒の肴が美味かったなどの話に入り、気にかかっていた話題を振られてそちらに気をとられてしまう。 内心ドギマギしていたナルトのほうも、自然と話を逸らせたと安堵の吐息をつく。 どれだけ歳を重ねても、どうもしまりが悪いのは変わらない。 ここ!という時にとんだドジをしてしまうことも多い彼ではあるが、そこが『うずまきナルト』という人物の憎めないところなのだろう。 他人が失敗したらとても容認できることでなくとも、ナルトがやると何故か笑って許せるという不思議。 きっと失敗しても、彼ならば挽回してくれるだろうという安心感がそうさせるに違いなかった。 「少し冷え込んできたな……」 「う、うん……そうだね」 風の出てきた外庭の廊下から部屋の並ぶ廊下へと入り、彼としては使い慣れている部屋へと向かい歩を進める。 日向の屋敷に泊るとき、いつも使っている部屋をヒアシが予測して言い当て、そこを使うと良いと言ってくれたのには助かったと、ナルトは気の利いたことをしてくれるヒアシに感謝した。 (正直、日向の屋敷って迷うんだよな……慣れてねーと) そんなことを考えながら、ナルトは他愛ない話を抱き上げているヒナタに視線を合わせてしていると、見慣れた部屋へ続く通路に入ったことに気付く。 もう夜も遅い時間なので、幾分互いに声を抑えて話をしつつ目的の部屋まで来ると、彼は器用に襖を開いてそのまま真っ暗な部屋の中へと入っていった。 |