いつでもキミを想う 3



 最後の一口を大きな口でぱくりと食べたナルトは大満足という顔をしたあと、パンッと両手を合わせてぺこりと頭を下げた。

「ごちそう様でした。やっぱいつの時代のヒナタの飯は美味いってばよ」

 いつものように太陽の笑みを浮かべたナルトは、ホッとしたようなヒナタに優しげな眼差しを投げかける。

 傍から見ていたら甘いことこの上ないのだが、どうもこの当人たちは気付いてない様子であった。

 あいにく妹のハナビは別件で里を離れており、ヒアシとヒナタとナルトだけの食事となったが、ナルトの好物はラーメンと知っていてもまさか夕飯に作るわけにもいかず、いつものように和食中心の夕飯を作ったのだが、それでも問題なく食べていた様子に、ホッとヒナタは胸を撫で下ろす。

(お野菜もあったけど、平気で食べてた……ナルトくんって、お野菜苦手だって聞いたけど……違ったのかな?)

 小首をかしげるヒナタに何を考えてるか理解したのだろうか、ナルトは膳にあった料理を一つずつ思い浮かべてからニッと笑った。

「ヒナタの作る料理の野菜が一番食えるんだってばよ。なんつーか、正直に美味い」

「あ、えっと……あ、ありがとう」

「おう」

 食後のお茶を煎れていたヒナタは頬を赤らめながら、ナルトの言葉が素直に嬉しいと思う。

 自らが作った料理を美味しそうに食べてもらえるというのは、何物にも代えがたいモノがあった。

 食後の茶を父とナルトに渡して自分の席へ戻ってくると、無言でジッと湯呑を見つめているヒアシに気付いたのだが、何やら思案している様子で声をかけづらい。

 食事に何かあっただろうか、それともお茶が?と、ヒナタの不安そうな顔を見て、ナルトはヤレヤレとばかりにヒアシに声をかける。

「ヒアシのおっちゃん、どうかしたかってばよ」

 こういう場合のヒナタは何かでストップをかけてやらないと、どんどん思考が暗い方向へと流れがちであるのは長い付き合い上熟知していた。

 ヒナタの思考を止めるために声をかけたのだが、ヒアシのほうも頷いたかと思えば、視線をナルトへと投げやり、おもむろに口を開く。

「……ふむ。ナルト、22だと言っていたな」

「お、おう」

 どこか重々しい口調に思わず身構えてしまったナルトではあったが、次いで出てきたヒアシの言葉に脱力してしまう。

「ならば、酒はいける口か」

「へ?……あ、ああ、酒は普通に呑めるってばよ。ほら、付き合いとかあるし、これでも結構強いほうみてーだ」

「よし」

 何がよしなのかと、ヒナタは目を丸くして父とナルトを交互に見る。

 ナルトのほうはわかったのか、口元にニンマリとした笑みを浮かべてから、ヒナタの方へ視線をやる。

 その視線を受けて、ほんのり頬を染めるヒナタを『可愛いヤツめっ』とかなんとか思いつつも、すらすらと用件というか伝えたいことだけをちゃんと伝えることが出来るナルトは、やはりそれだけの年数を積み重ねてきた結果と言えた。

 この時代のナルトであったのならば、そう思った瞬間、ヒナタのようにフリーズしてしまうに違いない。

 真っ赤になった二人が見つめ合って固まってしまえば、この場合ヒアシが居た堪れないだろうが、ここにいたのは幸いにも大人のほうのナルトであった。

 頭の中でどれだけヒナタが可愛いだの綺麗だの思っていても、それをおくびにも出さずにやってのけるだけの余裕のようなものを伺わせる。

 いや、もしかしたら、これもまた積み重ねて時間をかけた結果かもしれない。

 きっとこれからずっと、もっと長い時間をそう思っていくのだろうから───

「ヒナタ、つまみ頼む。えーと、ほら、魚を包丁でたたいてネギとか味噌とかで……なんつったっけ、あのつまみ」

「えっと……なめろう……かな?」

「ソレソレ!酒に一番合うんだ、ヒナタが作るの一味違うから好きなんだってばよ。頼むな」

「え、あ、はいっ」

 ナルトに頼まれたという事実に驚きを隠せないままというか、『好き』という言葉に過剰反応してしまったヒナタは、真っ赤になってすっくと立ち上がると、慌てて厨房へと向かう。

 いくら慌てていても食器を下げるのを忘れないヒナタに苦笑をしつつ見送ったナルトは、何かを感じてヒアシの方へと視線を向けて『しまった』という顔をする。

 完全に誤魔化しきれない確信に満ちた顔をされているのだ。

 これは色々バレただろうと、ナルトは頭をガリガリ掻いて、視線をさまよわせたあと、観念したようにがっくりと肩を落とす。

「なんでも聞いてくださいってばよ……ただし、ヒナタにはナイショに……」

「うむ。知られて未来が変わるとは思えぬが、キミがそう懸念するならば黙っておこう」

 どうやら、外見は少し若くはあっても馴染んだ状況に、ついいつものクセでやってしまったという自覚があるだけに、元の時代に帰ったとき、義父であるヒアシが苦笑しつつ出迎えてくれそうだと、ナルトは深いため息をつき、この人には最初からかなわないとばかりに苦笑を浮かべるのであった。



 ヒアシに案内されたどり着いたのは本家の外れにある手入れの行き届いた庭園の見える縁側。

 その場所が、ヒアシたち家族のみが足を踏み入れることの出来る領域であるのは知っていた。

 わざわざそこの招いてくれたヒアシに、ナルトは苦笑を浮かべるしかない。

 天空に浮かぶ大きな月と、庭の池に浮かぶ月が儚げでいて、何故かヒナタを思い浮かばせてしまうのは、まだ自覚が無かった頃、月を見上げて彼女を思い出していたからだろうか……と、ナルトはジッと月を見上げていた。

 無言で差し出された盃を反射的に受け取ったナルトは、ヒアシに無言でそそがれる酒が満たされていく様子を見て、慌ててヒアシの盃に酒を注ぐために自らの杯を置いてから酒瓶を手に取る。

「お銚子にいれてねーとか、珍しいってばよ」

「こういう日もある」

 どことなく悪戯っぽく笑うその仕草はネジを思い出させ、ナルトも同じように笑うとヒアシの盃に酒を注いだ。

 確かネジの父の兄なのだから、似ていても不思議ではない。

 だが、ネジ自身、このヒアシの影響を受けたところも大きかっただろうと思えた。

 父がわりに鍛えてくれたはずだから……

 無言で二人で杯の酒を飲み、胃の中へ入ってくる熱い感覚を味わいながら、口内に広がる上品な甘みと香りにいい酒だと笑いあう。

 月見酒とはよく言ったものだな……と、言葉を交わすわけでもなく月を見上げ、ただ酒を呑む。

 傍から見れば結構なペースで飲んでいるようにも見えるのだが、本人たちは至って平然としているのだから、2人揃って酒に強いことがうかがえた。

 虫が鳴き、風が木々の葉を揺らめかせ、月光の下でも色づいたとわかる葉が散っていく。

 とても静かで幻想的な光景に、揃ってしばし言葉を忘れて魅入り、いつしか盃を傾ける手も止まっていた。

「アレは……幸せなのか」

 誰が聞いていてもという配慮なのだろうか、それとも照れが生じたのだろうか、直接的に『ヒナタ』と名を言わなかったヒアシに視線を向けることもなく、ナルトは大きく一つだけ頷く。

「幸せだってばよ。まだ子供はいねーけど、でも……すっげー幸せで、毎日が夢みてーで、ありがたいって思ってますってばよ」

「そうか……子供は作らぬのか?」

「あ、いや、タイミングっつーかっ!い、色々あって、なかなかっ」

 バッと勢いよくヒアシの方を見て、真っ赤になりながら焦った様子でしどろもどろに言い出したナルトの様子に一瞬驚いた顔をしたヒアシは、そうかと満足そうに笑った。

「そ、その気がねーわけじゃ……ないです……ってば」

 酒とは違う赤みを帯びた顔は、首筋まで赤く染まっており、どうやら何年経ってもこの二人の純朴さは変わらないのだということが何故か嬉しくて口元をほころばせてしまう。

 未来からきたナルトの視線や行動や仕草に至るまで、全てにヒナタへの気遣いに溢れていた。

 それがどこから来るのかなど、言われなくても理解できるし、ナルトの全身でそれを語ってくれている。

 それ故、聞かなくてもわかっていたのだが、どうしても聞いてみたくなったのは親心だろうか。

(親というにはあまりにも未熟で……そして、遅すぎたのだがな)

 自らが知っていた娘はか弱く儚げでいて、いつ手折れても不思議ではないような娘であったはずなのに、第四次忍界大戦で見た娘の姿は、想像すらしなかったものであった。

 優しいだけの娘かと思っていたらそうではなかった事実に、娘の何を見ていたのかと改めて思い知らされたのだ。

 そして、それと同時に見えてきたのは『うずまきナルト』の存在。

 どこか恐る恐る互いの距離感を図るかのような、そんな慎重さを持って、2人は距離を縮めていたように見えた。

 その結果が目の前の青年であるナルトだというのならば、納得がいく。

「私はアレに、むごい仕打ちをしてしまった」

「ヒアシの父ちゃん……」

「幸せであってくれるなら、それ以上のことはない」

「アイツもわかってるってばよ。ちゃんと、ヒアシの父ちゃんの想いは届いてる……だってさ、アイツ、誰よりも人の心を見てくれる奴だから」

「……そうだな」

「い、一応、子供の件に関しても……そ、その……あー、ふ、2人で話してるし、そ、そう遠くない未来には……で、できると……思うってばよ?」

「そうか、だが私にはまだ遠い未来だがな」

「あ、そ、そっか」

「ナルト、ここならば分家の者も来ないから、変化を解くといい」

 自らが変化の姿であったことを思い出したナルトは、術を解くとへへっと笑いを浮かべて少し窮屈になった帯を少しだけ緩めた。

「随分と大きくなるものだ」

「180cm丁度くらいかな。ヒナタが小せェから、自分がバカでっかくなった気がするってばよ」

「あの子の母もあまり大きな方ではなかったからな、君から見ると小さすぎるか?」

「いや、可愛いから別に気になんねェし、むしろ……その……違うところが育ってるから……い、色々大変って言えば大変っちゅーか」

「馬鹿な男は多いから、気を抜けんな」

「ウッス」

 互いに苦笑を浮かべて酒を酌み交わし、他愛ない話に花を咲かせる。

 それがこんなにも楽しいことであったのかと、ヒアシは今は亡きヒザシとネジを思い出す。

(お前たちともこうして酒を酌み交わしてみたかったものだ……)

 宗家と本家に別れてからというもの、互いに距離感がわからなくなり、誰よりも親しかった者であったはずなのに、誰よりも遠くなってしまった過去。

 せめてその息子だけでもと、鍛え、導いた結果があの死との対面であった。

「こういう酒の飲み方もあったのだな」

 しんみりと呟くヒアシの胸中を思えば、かける言葉など見つからず、ナルトは黙って物思いにふけっているヒアシの横顔を眺めていると、廊下の奥の方から人が歩いてくる気配を感じ、そちらへと視線を向ける。

 言われた酒の肴の準備をしてきたのだろう、大きな盆を持ち、それに注意をしながらこちらへ歩いてくるヒナタの姿に、ナルトは思わず目を細めてしまう。

 姿を見ただけで愛しさが溢れてくる。

 こんな思いをどうしたらいいかなんて知りもしなかった……と、ナルトは胸にたまった息を吐いた。

 姿を見ただけで、たったそれだけでこれほどの愛情を滲ませるナルトに気付いたヒアシは、どうやらよき者に娘を託したらしいと納得し、少し早いが娘を嫁に出す気持ちを味わった気がして、苦笑を浮かべる。

 少しだけ寂しさを覚えるほどには、娘を見ているつもりであったが……と、ヒアシは自嘲気味に笑う。

 実際はどうであったかなどわかりはしないが、ただ一つ言えることは、こうしてこの二人の未来を見守っていくことに思ったほどの不安がないということだろうか。

(あ……あそこって……やべっ)

 近くまで来て気が緩んだのか、ふわりと笑うヒナタを見て、声をかけようとしたナルトは、その場所がどういうところであるか思いだし、慌てて腰を浮かせてヒナタの方へと走り出す。

 ナルトの行動に驚いたのはヒアシだけではなかったが、彼女はそのタイミングでつんのめり、お盆を投げ出すように転びそうになってしまったのだ。

 素早く発動させた影分身が盆を受け取り、本体が見事にヒナタを抱きとめると、ふぅと二人そろって息を吐く。

 全く見事な連携であった。

 自らの腕の中にある柔らかい彼女の存在に、怪我などは無かったかと心配になったが、彼女は目をぱちくりさせて己を見上げるのみで、その様子に口元を緩める。

(ほんと、こういうとこ変わんねーけど、めっちゃくちゃ可愛いよな……ぎゅーってしてェ!)

 内心悶えているナルトではあったが、それを悟らせることなくコツリとヒナタの額を軽く小突いたあと朗らかに笑う。

「ったく……お前ってば、絶対ここでこけるよな」

「え……そ、そう……なの?」

「ああ、これで何度目だってばよ。そこのくぼみ、やっぱなおさねーとな」

 腕に抱かれたまま視線を走らせれば、確かにくぼんでいる場所があって、ヒナタは首を傾げてしまった。

「どうしてナルトくんが知ってるの?」

「あ、いや……その……まー、何回か来た時に、お前が転ぶから……」

 どうも歯切れの悪い物言いなのだが疑うことを知らないヒナタは、そうなんだ……と、呟くと反対に「ごめんね」と謝罪してくる始末である。

 ここまで手放しに信用されるのもどうかとは思うのだが、それがヒナタだと知っているからこそ、ナルトはくすぐったくて仕方がない。

 ナルトの言葉に対して、彼女は疑いを持たないのだ。

 だが、本当に気付いてほしくないことほど、彼女は察してしまうところもあって、これはこれで厄介だと思うのだが、それはナルト本人をしっかりと見ている裏返しだということがわかっていたから不快というワケでもなく、とてもありがたい。

 ただ、時々不安にはなるのだ。

 もし、自分が悪い男だったらどうしたのだろうか……と。

 そんなナルトの不安などよそに、ヒナタがふんわりと笑うものだから、もうどうでもいいやと思考を投げ捨てて、ナルトは目の前の愛しい彼女へと意識を集中させた。

「まぁ怪我が無くて良かったってばよ」

「う、うん……ありがとう」

 不意に視線を上げたヒナタはナルトが変化を解いていることに気づき、改めて彼の姿をまじまじと見つめて頬を赤らめる。

 少年のナルトは知っていても、青年に成長したナルトは知らない。

 骨格がしっかりして、筋肉もほどよくついている。

 何より腕の太さや手の大きさなどが全く違うのに、笑みは変わらず、短くなった髪はさっぱりとしていて何だか触ってみたくなった。

 顔つきも精悍そのもので、青い瞳の色は変わらない。

 一番変わったのはその男性らしい体躯。

 アカデミー時代、一番小さかった彼は、今ではその片鱗すらうかがわせないほどの成長を遂げていた。

(男の人……なんだよね……)

 何故か急に恥ずかしくなって、ヒナタは赤くなると恥じらうように目を伏せてしまう。

 その様子にナルトは首を傾げるが、ただ単に照れているのだろうと判断すると、ヒナタに気付かれないように人の悪い笑みを浮かべると耳にふぅっと息をかけた。

「ひゃあっ」

「ほら、ヒアシのおっちゃんが待ってるから行くぞ」

「あ、う、うんっ」

 すでに盆を持ったナルトのほうはヒアシのほうへ料理を運び、ヒナタと本体のナルトの方を見ていたし、父のヒアシも二人のやりとりを微笑ましそうに見ているだけであるが、どうも恥ずかしい。

 自然と繋がれた手もそうだが、その手の大きさは、以前繋いだ時と違い骨ばっていて大きくて……

(や、やっぱり……安心しちゃう……)

 ふにゃりと相好を崩したヒナタに気付いたナルトは、へへっと照れたように笑うと、ヒアシたちが待っている場所へと歩み出す。

 こうして未来では普通になっている光景ではあるが、この時代ではこれが異例なのだとわかっているだけに少しだけ照れが生じる。

(未来から来た……それを信じてくれるだけか、こうしてあたたかく迎えてくれるとか……嬉しすぎだってばよ、2人が家族で良かった)

 未来の義理の父と妻。

 自分の血は繋がらないが、しっかりとした家族。

 それが何よりも嬉しくて、何よりも大事だと思った。







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